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他者からみた「やる気」とは
昨日の続きで、Learning bar「みんなでやる気を科学する」からです。

産業能率大学情報マネジメント学部の長岡健先生による『社会的構築物としての「やる気」』と題したお話をベースに整理します。

「やる気」という概念は、あくまでも個人の心の問題なのですが、実は「やる気」のある・なしはその当人の周囲が判断していることです。つまり「やる気」を当人の問題だけでなく、ある・ないと判断する側の問題としても分析する必要がある……ということになります。

かなり新鮮な見地ですね。でも、本当にそのとおりだと思います。

他者からみた「やる気」のない状態って、一言でいうと「お前、もうちょっとできるだろが?」と感じる状態ですね。言われたことしかやらない部下や、言われた必要最低限のことをやっている部下なんかがそうです。

逆に「やる気」がある状態については、長岡先生は「やらなくても許される範疇の仕事に対しても、自主的に取り組み、想定されているレベル以上の成果を目指して主体的に行動している」状態だと明示していました。これを評価する側からの視点で言い直すと「自主的主体的な行動の結果が、評価者の利益に資するものである」ということになります。

つまり、「やる気」があると判断されるためには、評価軸が2つあると考えるわけです。

1つは本人的評価軸で「本人の主体性」、そしてもう1つは評価者的評価軸で「評価者が得られる利益」。通常、「やる気」を論じるときには後者の軸は隠れていますが、実はこちらが大きかったりしますね。

上司よりも弱い立場にいる部下は、上司の暗黙の評価基準に敏感です。これに意が沿わない場合、ある種の適応行動として、「積極的な受け入れも明確な反対もしない」という行動をとるケースは多いでしょう。つまりちょっと白けた行動ですね。こんな行動は周囲から「やる気」がないと評価されます。ただし、これは本当にすべて本人の問題なのかというとかなり微妙です。

このあたりはマネージャーとしての課題です。

部下が「やる気」がないと感じたら、当人の意識の問題だと単純に決めつけずに、そう判断してしまっている自分を内省してみる必要がありそうです。部下の行動は上司の鏡でもあります。ひょっとすると部下は主体的に行動しようとしているものの、それが自分の求めるものと違っているだけなのかもしれません。もしくは自分のマネジメントに対して必死に適応行動をしているのかもしれません。

このように、職場というダイナミズムの中で「やる気」を考えるとまた違った側面が見えてきそうです。ただし、逆にマネージャーはここまで考えねばならないのか……とマネージャーが修行僧のような感じもしてきます。

ところで、「やる気」だけでなく、「成長」の評価にも似たような傾向がありますね。「あいつは成長したな」というときの「成長」は間違いなく評価者の基軸にあった方向に伸びたという場合で、ベースには必ず評価者側・上司側の基準があります。

そうそう、異動して急に「あいつはやる気が出たな」とか「あいつは成長したな」なんていわれる人ってたまにいますよね。

《2009年4月20日》 豊洲のNTTデータさんへ。ありがたい機会です。


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【2009/04/20 23:50】 | モチベーション | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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