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「学習棄却」としての学習
昨日の続きで、慶応MCCの「ラーニングイノベーション論」での長岡先生のお話からです。

学習の意味合いの違いから提示された
 ①「知識習得」としての学習
 ②「熟達化」としての学習
 ③「学習棄却」としての学習
 ④「組織学習」としての学習
これら4つのタイプの学習のうち、「熟達化」としての学習を取扱い、「適応的熟達者」の特徴と有用性を確認してきました。

「適応的熟達者」は、「行為の中での省察」(「REFLECTION IN ACTION 」)を重ねながら、不確実・不安定・矛盾に満ちた現場における混沌の中での専門家としての機能を発揮しています。「行為の中での省察」(「REFLECTION IN ACTION 」)においては、問題自体が所与のテーマとして与えられておらず、常に状況との対話を通じて、刻一刻と変わる情況を瞬時に把握して、解決すべき問題を適切に設定することが求められてきます。そして、状況の分析と対応のための行為を現場で同時かつ継続的に実行する即興的な対応が必要になります。

こんなことにたけている「適応的熟達者」は、いうまでもなく職場では頼られる存在になってくるはずです。

でも、「適応的熟達者」は「行為の中の省察」(「REFLECTION IN ACTION 」)が得意な一方、「行為についての省察」(「REFLECTION ON ACTION 」…事後に改めて省察する)が不得意になっていく傾向があります。過度の現場的な環境における熟達化の行く末には以下のような「熟達者」を生む可能性があるのです。といいますか、多くの「適応的熟達者」はほぼ間違いなく、以下の姿になっていくであろうと私は思います。

・さばき切れないほどの多くの業務を鮮やかに処理する能力にたけた「突貫工事のエキスパート」
・長期的ビジョン構築や本質的な問題にコミットすることが不得意な「優秀な管理者(計画遂行者)」

ここで改めて見直す必要があるのが、長期継続的な「経験学習」の重要性です。《経験→省察→概念化→実践》のサイクル、そしてそこからくる「マイ・セオリー作り」、この「REFLECTION ON ACTION 」(事後に改めて省察する)が「REFLECTION IN ACTION 」(行為の中での省察)とともに重要になります。

そして、「REFLECTION ON ACTION 」(事後に改めて省察する)において、重要になるのが「学習棄却」としての学習ではないでしょうか。

行為の中での省察(「REFLECTION IN ACTION 」)の連続は、マイセオリーというよりも、行動の型・思考の型のようなものを作り、自動的に新たな状況をそこに流し込み、オートマティカリーにアウトプットを生み出すという習慣強化を生み出します。ここでは効率性は最大化されますが、創造性であるとか、イノベーティブな発想というのは、どうしても置いて行かれます。企業を維持することには貢献できても、発展することには貢献できないミドルがこうしてできあがります。

「学習棄却」はある意味では、相違や変化を受け入れる行為です。これによってしか、習慣強化から離脱できる方法はありません。

そして、人事労務教育の専門家(?)としての自分は…。

《2009年8月19日》 残業が目いっぱいできる日は、どうしても日中の業務効率が下がることがあります。目いっぱいのスピードでやる必要がないからですね。本当に目いっぱいにやったら、8時間でへとへとになるはずです、頭脳労働というのは。でも、今日はかなり24時まで突っ走りましたよ。


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【2009/08/19 23:32】 | HRM全般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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