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私たちも「仲間内の揉めごと」への対応が上手にできることを仕事だと勘違いしていないか
昨日書いた『新卒採用面接での「再現性」以前の問題として』というブログについて、FBでいろいろな方からご意見をいただきました。このブログはFBに連動させているのですが、この連動がよくわからず、ちゃんと反映されるときとされないときがあるようです。されないなぁと思っていると、どどっと1週間分くらいがいっぺんに反映されたり…、まったくもってよくわからないのですが、まあ、それについては気にしてもよくわからないので、特に気にしていません。今、書いているのもいつFBに反映されることでしょうか。

さて、昨日の話の中で、トライアンフの樋口社長から指摘された「仲間内の揉めごと」への対応が学生時代のハイライトである学生が少なくないとの話についてです。

これは、「仲間内の揉めごと」というのは、学生が「選べる」「同質」のコミュニティ内での話であり、「自己中心」の価値観で判断し結果も「自分」で評価できてしまう話であることから、仮にこの再現性が面接の中で確認できても、そもそも学生同士の揉めごとに対処できるということが、仕事ができそうな人であるということの論拠にはまったくならないという話です。

学生同士という村社会でいかにヒーローであっても、企業社会という多様性の世界で力が発揮できるかはまた別の問題なのです。

しかし、ここで私たちはこの問題を「自分ごと」として考える必要があります。「学生同士という村社会」は、「自分の会社という村社会」、「自分が仕事としている人事の社外ネットワークという村社会」、「自分の属している業界という村社会」そして「日本という村社会」にも置き換えられるわけです。学生にあーだこーだいう前に、自分達はどれだけリアルな他流試合をしているかです。あえて、村社会を出るチャレンジをしているかです。

私たちも「仲間内の揉めごと」への対応が上手にできることを仕事だと勘違いしていないか、を戒めなきゃいけないなと思いました。

私たち社会人がそれぞれの狭い社会で生きる姿をみせている限りは、学生に対して話す言葉も説得力を持ちません。私たちは学生を何とかして支援していきたいと切に思っていますが、それが単なる先輩の上から目線での思い上がりにならないためにも、まず何よりも自分のビジネスの中で多様性を取り入れていく必要があります。徹底的に自分のビジネスに傾倒する必要があります。

反省をこめてそんなことをちょっと感じました。

で、もう一度、学生のことに戻りますが、やっぱりこれってやばくないですか。こんなに超同質的文脈社会「日本」においてさらに同質的な仲間としかつきあわずに大学4年間を過ごしてしまうのは。

牛島先生がFBに書いてくださったことの勝手引用です。

「かねてから私が主張している<テニサー亡国論>(同じ世​代・同じ大学の仲間内による,仲間内のためだけの活動を​最大限の労力を注いで維持拡大しようとする「テニサー」​文化批判 笑)に通じる社会人の声をありがとうございます 笑 (学生の行動様式の象徴としてテニサーが目立つので​分かりやすいというだけで,具体的なテニサーを批判する意図はありません)
カウンターカルチャーとして「意識の高い学生」が組織す​る「学生団体」文化が登場しましたが,案外同じような問題を抱えているところもあるようです。主な活動場面を学外に求める文化ということもあり,この辺りはまだよく分からないので今後調査してみたいと思います。大学そのものは,これらに対抗できる文化を生み出せず苦慮しています。」

狭い島国の中で、さらにマイクロ島国を創って「ごっこ」をしているようにも感じます。これでは同質性の拡大再生産(縮小再生産?)ではないかとも思いますが、若者は大人の鏡。そんな選択を彼ら彼女らにさせているのは、私たちの行動かもしれません。もちろんまったくそんなではない学生もたくさんいることは忘れてはいけませんが。

最近、自分の越境学習がちょっとテニサー化していないか、気になっています。


《2011年7月31日》 日曜日の夕方から幹部会議をするのはお洒落です。せっかくなので、昼から出社して少しは思考の時間がとれました。仕事が好きな人にはあまり苦にならないことです。仕事を好きになるって大切だなぁと改めて思います。仕事を時間売り的感覚で考えちゃうとつらいでしょうね。


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【2011/07/31 22:33】 | キャリア~学生・就職・採用 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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