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越境学習について年末のどさくさに考える
今日は朝から大掃除というかお片づけ。書籍と資料の整理が大半になるのですが、今年も1年間、たくさんの書籍を購入し(半分は読まずに置いてあり)、たくさんの学びの場に赴き、その結果として部屋は紙に埋もれます。年末に多少の先入れ先出しをしないと壁がなくなります。ということで、資料類を見ながら捨てたり、整理したり…、結果的には本棚を並び変えただけで終わっているような気もしますが……。

で、片づけながら「越境学習」について考えました。私は一時期は趣味を「実践共同体」と「越境学習」と書いていましたが、今年はなんとなく「越境学習」というのがわからなくなった年でした。

「越境学習」の定義というのは実はよくわかっておらず、今のところ自分で思っているのは、職場の枠組みを超えて会社の外で何らかの経験を通して学ぶことであり、単なる講座で座学するのはこれに入りません。経験からの気づきがアンラーニングや違う発想を生むとともに、自らを自然にリテンションする効果もあるのだと思います。今回あらためていい定義がないかなとグーグルで検索したら、あらまぁたまたまヒットした上位2つが私のブログでした。

2010年12月03日「越境学習」にどうして出掛けるんだろう

2011年07月09日「越境学習」について考えたりみたりしちゃったりして…

ずいぶん前から、ちょっとした違和感を感じているんですね。それにしても、グーグルの上位にはほとんどお友達のブログが並んでいましたから、この言葉、まだまだ一般化してませんね。

よく社会人が学生に対して、大学時代迄と社会人の違いについていう話ですが、大学までは気の合う好きな仲間とだけ付き合っていてもやっていけるけど、社会に出るとそうはいかないというのがあります。上司や同僚は選べませんし、お客様にもいろいろなタイプの人がいます。同じ職場にも今までだったら絶対友達になってはいないだろうなぁという人が一人や二人はたいていいるものです。確かにこれは大きな違いです。

「越境学習」の必要性を説く人は、社内の固定的な文化・仲間・常識だけでは駄目だよね、という考え方が基本にあるかと思います。これはその通りで、社外の人との交流を常時行うのはビジネスパーソンとしては絶対に必要です。

「越境学習」は本質的には会社に言われてするものではありません。自ら必要性を感じて境界を超えるのです。で、境界を越えてどこに行くのかは当然ですが自らの選択になります。これが曲者のように最近、感じるのです。自らの選択で「越境」するわけですから、結局は「行きやすいところ」「自分に心地のよいところ」に行ってはいませんか。会社を出るという意味では「越境」なのでしょうが、逆に温いところに安住しているような感じもします。こう思い始めたのは、ラーニングイノベーション論やgcdfなどで出会う仲間が素敵過ぎて、自然につるんで学ぶ機会が増えるのですが、どんどんアウェー感が失せてしまうからです。これは大変に幸せなことなのですが、「学び道」としては微妙なところもあります。

さっきの学生の話ではないですが、会社での仕事と違って嫌な人のいるコミュニティには行かない、なんてなことになりますから、ここで話が逆転してしまいます。もちろんラーニングイノベーション論のような既成の学びの場に行く場合は、人は選択できませんから越境的なエッセンスは相当にあります。ただ、ラーニングイノベーター達が有志でやる勉強会の場合にはこのような越境性は生まれません。ましてや自分が主催する場合は無理ですね。これって1つの不思議なジレンマのようにも感じます。

ほとんど同じことがSNSの世界でも起きているように思います。ツイッターやフェイスブックでいろいろな新しい人とつながれるようになりましたが、自分がフォローしたり友達申請を受けたりするのは、同じもしくは近い「村」にいる人が中心になります。共通の興味関心で結ばれている人たちです。

なんか世の中が広がっているようで、実は狭まっているような不思議な感覚があります。ただ繋がりのキーが確実に変わっていることだけは事実です。

世の中にプチ越境、越境インターンシップ的な企画も増えました。私の感覚的には、中原先生のLearning Barや、長岡先生のイブニング・ダイアローグなんかもこれに当てはまります。こういったプチ越境は、コンテンツとしてうまくできているため、実は越境感が弱くなる宿命があります。よくわからないのですが、越境をする場合、都会を出てまずは辺境地域をさまよい、そして国境を超え、彼方の国を歩き、再び越境側の都市にたどりつくというイメージがありますが、「まわりの人とダイアローグ」という魔法の手法により、どんな人でもすぐにプチ越境ができるようになりました。都市から都市まで、辺境地域を経ずに飛行機でいける感じのお手軽さです。こういったことは確実に世の中を変えることに寄与していると思うのですが、スタイルが洗練されて一般化されるほど、予定調和の影が忍び寄ります。

こんなことをふらふらと考えられるのは、とても幸せなことだと思います。1つには越境(あくまでもプチばかりですが)するだけの時間が確保できていること。世の中をみて、これに四苦八苦している人がたくさんいます。もう2つ目は行き先があること。行き先は行き先を生みます。プチ越境拡大再生産の法則というのがたぶんあるんだとおもうのですが、前を向いてさえいれば、新しい企画がどんどん舞い込みます。これはSNSで加速されているともいえます。そして3つ目はアウトプットの場があること。越境先と仕事内容は必ずしも直結していませんが、間接的に仕事におそらく寄与することができています。これは大切なことです。そして、このブログもアウトプットの場ですが。

来年も建設的に学びさまよい続けたいと思います。
それがけして合目的的ではないのだけれども、結果的には仕事・人生にプラスになるのが真の学びの本質なような気が勝手にしています。

《2011年12月30日》 書棚がすっきりとしました。部屋のメインの本棚はHRM・キャリア関連図書の一部とフィリップ・K・ディックの著作のみになり、他のジャンルの本は駆逐されています。最終的にどうすりゃいいのかなぁ。ディックの著作は71冊ありましたが、まだ国内で販売されて入手できていないものがあります。サンリオSF文庫ですが金でかき集める手はあるのですが、それもどうかと思い…。





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【2011/12/30 23:57】 | HRM全般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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