新卒で入社した会社で6年半、営業の仕事をやって人事部に異動しました。当時の人事部の部屋の中には、金庫のような書庫があり、重要書類はそこに格納させていました。社員の評価表などもそうです。たまたまあるとき、あれこれと探している際に、その書庫の中で自分の評価表をみる機会がありました。
「新規獲得では営業所内でもピカ一だが、既存顧客の取りこぼしが少なくない」。 というようなことが書いていました。自分の実感と見事にあっていたので、何となく嬉しくなりました。上司が理解してくれていたんだなといことが伝わったからです。内容に対して感じた感情ではありません。 この性向は今でも続いています。やっぱり新しいことをやることが好きです。でも、新しいこともいつかはルーティンになります。そうすると徐々に興味が薄れてきます。 昨日の夜は、そんな新しいことを語る晩でした。 今日の夜は、昨年1月に立ち上げた特例子会社の助成金獲得お祝いの会。立ち上げに協力いただいた社外の皆様もお呼びして、皆で喜びを分かち合いました。新しい会社も、いずれ果たしなき日常が訪れます。設立責任を任じつつ、新し物好きで終わらない仕事をここではまだしばらくはしたいと思います。 新しいことを次々とやる場合、既にルーティン化したことを誰かに円滑に引き継ぐ必要があります。でないと、首がまわらなくなります。でも、これが容易ではありません。自分のメンタリティ的にも引きずってしまうところがありますし、適切に引き継いでくれる人がそうそう簡単には現れないという問題もあります。 何となく、こんなことを考える二晩でした。 《2012年2月29日》 閏年を実感する日でした。月給者にとっては1日タダ働きをする年ですね。新たに講演のご依頼をいただきました。かなりハードルが高いですが、楽しく準備したいと思います。 スポンサーサイト
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双方ともに結構、ハードな仕事をしている共働き夫婦。たまたま両者ともに深夜近くまで残業。疲労困憊で帰宅途中に自宅近くのコンビニで出会って一緒に帰宅。家に帰ったら、洗濯物やら掃除をしなきゃならないものが溢れている。さて、これをこなすのは、旦那ですか、奥様ですか。
飲みながらのセッションで、こんな問がありました。 これに答えた某新聞社の素敵な方、設問自体の目線が疑問。どちらかがやらなきゃいけないなんて思うこと自体が駄目。疲れ切っているなら、次の日のためにすぐに寝る。たまったものは翌日か週末にでもやる。実にリアルなご回答です。もちろん設問の問題意識はよく理解できます。別の場で同じ設問をした際には、奥様がやるという回答が多数だったとのこと。でも、周囲にいた方は某新社の方にほとんど同感という感じでした。 そこから、また、あれこれと対話が進みます。 《2012年2月28日》 夕方から怪しい集い。怪しくも最低限のビジネス目線も持ち、大きな志のある集まりです。お楽しみに。 |
今日は「HRmicsレビュー」。なるべく欠席したくない会の1つです。相変わらず、海老原さんが高速高
音で語り続けます。 今日のテーマは「女性にキャリアがなくて、日本に未来があるか」。そのとおりですね。 冒頭はお得意のデータによる訴えです。 □働く女性は確かに増えた。 □しかし増えたのは非正規ばかり。 □非正規問題を若者の問題とする向きがあるが、学生を除くと非正規雇用の60%が40歳以上。そし て、非正規雇用全体の50%を主婦が占める。非正規雇用の問題の主因は女性。 □女性は学歴と非正規の相関が顕著。大学・院卒の非正規率が33.5%なのに対して、高卒以下では60.6%も占める。 □日本の女性労働力率は年齢別にみると今もM字カーブ。ただし、若年層・高齢層では世界水準に匹敵してきている。量では世界に近づいているが、質では大きく後れをとっている。 □管理職に占める女性比率は欧米各国はもとより、アジア諸国にも大きく後れをとる。 □ましてや女性取締役比率は1%強。下回っているのは、一部のイスラム諸国くらい。 たまたま今日、前職企業に行きましたが、前職・現職でもっとも違いを感じることの1つが、女性の派活用というか働き方です。現職では何も意識せずに普通に働いています。そういう意味では、本人たちは結構、大変だと思います。それに対して前職は施策的に女性を何とか活用しよう努力しています。でも、以前はその努力もしていなかったと思いますので、大きな進歩だといえます。 眠いので本質部分には入らずに、冒頭部の紹介で今日はおしまいにしますが、続きは後日。 |
「にっぽんお好み焼き協会」は3年前から毎年秋に「お好み焼き検定」を実施していますが、昨年11月に実施した第3回からは、従来の初級検定に加えて上級検定を始めて実施しました。
初級検定はマークシート方式で、きちんと課題図書を勉強さえすれば、ほとんどの方が合格するという作りになっていますが、上級検定は記述問題も多数あり、難易度はかなり上がっています。結果的に合格率は50%に至らないという難関となりました。 合格者は全国で48名。これらの方を対象に、本日、上級検定合格者限定のお好み焼き講習会を開催しました。場所は麹町の「文字平」さん。中野ご店主の好意で日曜日にお店をあけていただきました。本当にありがとうございます。 講習ではまずは佐竹会長の模範デモ、説明の随所にノウハウが織り込まれています。そして試食をしたあとは、各自が自分の目の前の鉄板で、今、伝授されたツボを抑えつつ、お好み焼きを焼きます。焼き上がったら、お好み焼きをつまみにしてホッピーで乾杯です。三冷ホッピーの美味しい作り方も伝授されました。 講習会というよりも、鉄板を囲んで親戚同士が交流するという雰囲気だったでしょうか。お好み焼き好きが集まり、始めてであった同士がお好み焼きを囲んで語らいます。運営側として、とても嬉しい光景です。 このレイアウトとシチュエーションはなかなか素敵です。お好み焼きワークショップはきっと盛り上がると思います。今日の様子はフェイスブックページで少し味わえますのでどうぞ。 《2012年2月26日》 ということで休みなく明日の月曜日を迎えます。今週も盛りだくさんです。全部、仕事、終わらせられるかな。というか、終わらせるしかない。 |
昨日はラーニングイノベーション論第一期企画「学びYa!2月企画 『勉強会』で世界を変えよう!」大幅近くで参加しました。第二期企画、第三期企画が続けざまに走る中で、第一期企画はなんと1年ぶり……。
「『勉強会』で世界を変えよう!」という勉強会をやるというちょっとメタな企画。そしてお招きしたスピーカーは、サイト「はじめての勉強会」でおなじみ(?)のよしおかひろたかさんです。エンジニアとして多数の勉強会と飲み会を開催されている方ですが、共感できることばかりでした。 で、今日は1日立ち仕事で疲労困憊状況ですので、あまり本質的なところは書きません。お話いただいた中から、一つだけ「勉強会の落とし穴」というのを紹介しましょう。 ①参加することが目的 ②知識を得て満足 ③知っていることと、できることの差 ④知り合いが増えて勘違い かなりニヤリとしますよね。たぶん、数多く勉強会に参加されている方は、この感覚はゼロではないと思います。でも、逆にこの「落とし穴」にはまらないように、合目的的に志向しすぎて勉強会に参加してしまうのも、また微妙です。私は「勉強会草野球論」ですが、どんなに疲れた日曜日でも草野球の練習のために朝早く起きるお父さんに近い感覚で、勉強会にも行きます。それはけして参加することが目的ではないのですが、かといって健康のためだ、などといったシンプルに合目的的なことでもありません。もちろん修業的なことでも献身的なことでもありません。このあたりの感覚を言語化して伝えるのって意外と難しいですねぇ。 《2012年2月25日》 4週連続になりますが、週末の新卒採用セミナー。週末にやっている最大の理由は、社内会議室の確保が容易だからです………。立ち仕事が疲れる年齢にすっかりなりました。明日は朝から別の講習会です。こっちも立ち仕事だろうなぁ。 |
忙しいのに、よくいろいろとやるね、とかいわれることがしばしばあります。でも、よく考えてみてください。何となく、暇な時って別に何かをやろうと思わないのに、忙しくなると逆に何かをやりたいと思ったりしませんか。勉強だって、大学生の時はあまりやろうとしませんでしたしね。
人は仕事に追いかけられるよりも、自ら追いかける方がモチベーションが高まると思っています。やらなきゃねといってやることばかりだと、ちょっとしんどいですね。やりたいことを追っかけていれば、大変でも気持ちはなんとかなります。 忙しいときって、仕事に追いかけられている時なのかもしれません。そうすると、自らのモチベーションを健全に保つために、自分が追いかけるやりたいことをやって、追いかけられることの比率を相対的に下げるように自然とやるんじゃないでしょうか。 もちろん、絶対時間的にはさらに忙しくなるのですが、気持ち的には落ち着く、なんかそんな感じがします。 《2012年2月24日》 慶應義塾大学丸の内シティキャンパスで2年前に受講したラーニングイノベーション論のOB会的勉強会「学びYA」にまたまた大幅遅刻して参加。内容は明日以降に書きますね。 |
私のいる会社では、2年前に派遣デスクを設置しました。派遣会社各社のコンペの結果、とある企業にお願いをすることになったのですが、今日はその初代担当者の送別会でした。旦那が仕事で函館に行くということなので、泣く泣くお別れです。でも、北海道の発展のために、きっといろいろなことを函館でやってくれることでしょう。
私は派遣業界が大好きです。というか、日本において企業活動をする中で、派遣の活用は非常に大切です。また大手派遣会社にあれこれいっているようですが、これをないがしろにしようとしている国の考え方には本当に理解ができません。 それはさておき送別会です。このような場合は、送別会ではなく、新任の人も加わるので歓送迎会になります。でも、やっぱり主役は送られる人です。 送別会は哀しく、寂しいものです。でも、関係性を今後も維持するのであれば、仲間が増える機会でもあります。人間関係や人脈というのは、作るのは簡単なのですが、維持することは難しいです。その難しさをどう乗り越えるかです。難しいことではありません。 昨日は、前職のメンバーが中心になって、私の転職3年記念にかこつけた飲み会をしてくれました。ここでの関係は途絶えていません。本当にありがたいことです。 《2012年2月23日》 ということで、2日続いて遅い帰りとなりました。 |
私は営業4割、人事6割というのが、これまでのキャリアです。それなりに2軸を持って仕事をやってこれたことは幸せだと思います。
今は人事の仕事をしています。人事という仕事にも2つの軸が求められます。 人事という職能役割を担うために雇用されているわけですから、その分野におけるそれなりのプロフェッショナルでなければなりません。これは当然のことです。他社にいる人事の人には負けないだけのプロフェッショナリズムが求められて当然のことです。 ただ、人事という分野のプロであるだけでは、役に立ちません。所属している企業のビジネスモデルを熟知し、現場感情をよく理解し、どのような人材がいるのかをきちんと鳥瞰して、初めてそれなりに仕事ができるといえるでしょう。 この2軸を満たして初めて、まともな人事担当者になります。内部ローテーション型の企業の人に関しては、後者は自然とマスタできているものの、ローテーションでの異動が頻繁になると前者が担保されにくいという傾向があります。逆に、外部調達型の企業の人事の人は、おおむね前者をクリアした人を採用しますが、後者が習得できるかどうかで、その人が機能するかどうかが決まります。 超大手企業の中には、縦割り的にローテーションがなくずっと人事というキャリアを歩ませるケースがありますが、これは前者も後者もマスタできるように一見みえます。ただ、外に目を向けることをしないと、実は前者においてもかたわになります。そして、なまじ1つの組織にいるので、現場に目を向けたりビジネスモデルを真剣に考えたりする機会がなく生きていけるので、後者についても不十分になってしまう恐れもあります。 どのスタイルをとっても要は個人の努力です。 2軸にはもう1つの観点があります。人事担当者は当然ですが、自社にコミットする必要があります。そして、それと同時に人事という仕事にもコミットする必要があります。自社が人事担当者としての倫理意識にはずれる行為をしようとする場合には、人事の担当者として物申すことが、人事という仕事にコミットすることです。プロフェッショナルという立場には、その仕事における倫理感をきちんともつことが求められます。 |
一昨日「ネットワーク型人事部」という話を書きましたが、これは自分自身のスタイルでもあるようです。
HRアドバンテージの相原社長にインタビューをしていただいた際に、相原社長から「人事の仕事の魅力は?という質問に対して、ネットワークについて話される方は多くないですね」というコメントをいただきました。 何といっても人事部長は社内に1人しかいません。営業所長であれば各エリアに1人ずついます。ですから営業所長は社内で同じしている仲間と悩みを分かち合ったり、将来にむけたディスカッションをすることができます。でも、人事部長の悩みを本当の意味で共有できる立場の人は、どんな会社であっても社内にはいないのです。 でも、視点を外に向ければ、会社の数だけ人事部長はいます。外部には思いや苦悩を共有し、未来志向の対話ができる相手がいるわけです。 そして、外との交流が直接的に内部の仕事に活かせる点も何といっても魅力です。外での学びや交流が、学びのための学び、交流のための交流にならず、何らかのかたちで自分の仕事に活用、フィードバックすることができます。これは実に幸せな立場です。 社長と話していて「○○はどうなっている?」「あそこの会社ではどうなってる?」と質問された時、電話1本で回答できるような自分のブレーンを社外にどれだけ持っているか。これは、今の人事責任者の一つの必要要素でもあると思います。 もちろん貴重な時間を使って外に出るのですから、それ自体がFUNの要素に満ちていて、セルフモチベーションを高めるような作用をするものでないと、ちょっとしんどいです。ただ、その半面、同じ仲間とばかり群れているような居心地の良すぎる空間に長く身を置くこともどうかと思います。意識せずに、このあたりのバランス感を保つのが、大切なのだと思います。 《2012年2月21日》 厚生労働省にお邪魔して夕方から勉強会、そして懇親会。そういうのがとても大事なように思います。 |
知らないうちに岩波書店の採用が話題になっていたのですね。縁故採用だといって批判する声に、厚生労働省までHPで見解を出すにいたりました。ちょっと整理してみたくなりました。
まずは、問題とされせている同社のHPの引用からです。 ********************************************************************* 募集の種別 2013年度定期採用(経験者含む) 担当業務 出版業務全般 採用人数 若干名 入社時期 2013年4月(都合のつく方には、上記以前に入社をお願いする場合があります) 応募資格 A: 4年制大学卒業者(2013年3月卒業見込者を含む) 満30歳までの方(雇用対策法施行規則第1条の3第1項[例外事由3号イ]による) B: 出版関連業務(編集/製作/校正/販売/宣伝/経理/総務等)経験者=学歴は問わない ※岩波書店著者の紹介状あるいは岩波書店社員の紹介があること (いずれの方法もとれない場合は、小社総務部の採用担当者に電話でご相談ください。) 応募期間 2012年1月23日(月)~3月16日(金)[当日消印有効] 筆記試験 4月8日(日) 試験時間:9時~12時40分(予定) (詳細については、書類選考合格者にメールまたは郵送で通知します) 面接試験 第1次:4月14日(土)/第2次:4月18日(水)/第3次:4月21日(土) ********************************************************************* なるほど「岩波書店著者の紹介状あるいは岩波書店社員の紹介があること」を応募条件にしています。ただ、「いずれの方法もとれない場合は、小社総務部の採用担当者に電話でご相談ください」ともありますが、この一文は最初から入っていたのかなぁ。 で、次は厚生労働省のHPからの引用です。 ********************************************************************* 平成24年2月17日 報道関係者各位 岩波書店の募集採用に関する事実関係の把握について 厚生労働省では、企業に対して、応募者の基本的人権を尊重し、広く応募の門戸を開き、適性・能力に基づいた公正な採用選考を行うよう周知・啓発を行っています。こうした立場から、先日(2月3日)報道された、「著者等の紹介」を応募要件とする岩波書店の採用募集方法について、厚生労働省から同社に対し事実関係の確認を行い、併せて、公正採用選考の趣旨について説明しています。 こうした把握を通じ、 ○ 今回の募集方法は、応募者の熱意や意欲を把握したいという意図によるものであること。 ○ 著者等の紹介を選考の基準とはせず、筆記試験と面接試験により厳正な選考を行う考えであること。 を確認し、さらに、厚生労働省の説明等も踏まえ、 ○ 著者等の紹介を得ることが難しい応募希望者についても、採用担当部門で話を聴いた上で、応募機会の確保を図っていること。 が明らかになっています。 このように、公正採用選考の観点から、同社の募集・採用活動の考え方や実態について一定の確認を行ったところですが、今後も、同社の対応が公正採用選考の趣旨に沿ったものとなっているかについて、しっかり注視していきます。 ********************************************************************* そして、岩波書店のHPでの説明です。 ********************************************************************* ■小社の「定期採用」報道について―― 2012年2月6日 小社の2013年度定期採用をめぐって、新聞、テレビ、ネット上でさまざまな報道・論評がなされています。しかし、それらのなかには、不正確な、あるいは誤解を招く報道・論評も見受けられますので、この問題についての小社の見解を以下に表明いたします。 小社は、いわゆる「縁故採用・コネ採用」は行っておりません。「著者の紹介、社員の紹介」という条件は、あくまで応募の際の条件であり、採用の判断基準ではありません。ご応募いただいたあと、厳正な筆記試験、面接試験を行っております。 この応募条件は、採用予定人数が極めて少ないため、応募者数との大きな隔たりを少しでも少なくするためのものです。 小社に入社を希望なさる方は、岩波書店著者にご相談いただくか、お知り合いの岩波書店の社員に直接ご連絡をください。いずれの方法もとれない場合は、小社総務部の採用担当者(03-5210-4145)に電話でご相談ください。 ********************************************************************* 岩波書店って知名度は抜群ですが、社員数200名程度の中小企業なのですね。資本金もわずかに900万円とのことです(いずれも同社HPからの情報)。知名度があるために、会社規模からは分不相応なほど大量の応募者がおそらく押し寄せるのでしょう。 このテーマ、絶対この方が何か発言していると思い、検索をしたところ、やはり発言をされていました。株式会社ニッチモの代表であり、「就職、絶望期―「若者はかわいそう」論の失敗」などの著者の海老原嗣生です。「BLOGOS」というサイトから引用します。 http://blogos.com/article/31175/?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter ************************************************************************ そもそも、人気企業の採用数は意外なほどに少ない。それは好景気だろうがバブル期だろうが変わらない。 就職四季報から私が推計したところによると、過去20年間での最大採用年度は2009年入社(08年採用=リーマンショック前)の2万6100名となる。卒業生数が1学年当たり55万人だから、その5%に満たない採用規模だ。ここに学生たちはこぞって応募する。平均的な学生でも30社は受けるだろう。人気上位200社総なめ、などというツワモノも少なくはない。そこで、少しでも人気のある企業はすぐに応募倍率が100倍を超える。こうなると、狭き門の向こう側にいる企業は、大量の応募者に対峙するために、レッテルによる選別をするしかなくなっていく。 少し、シニカルに考えてみよう。 どの企業とて、応募者30名から一人採用すれば、自社にピッタリな人材は見つけられるはずだ。それを、100名に一人にしたからといって、より良き人材に出会える可能性は少ない。逆に、人数が多すぎて、一人一人をじっくり見ることができなくなる。そのため、返って選考が粗くなり、良い人物が採れなくなるともいえる。応募倍率が200倍を超えたりもしたら、もう、多すぎて、選考が全くはかどらなくなると容易に想像できるだろう。そこで、人事の間ではよくこんな話がされるのだ。 「仮に、採用数の200倍もの応募者が集まったりしたら、応募順に整理番号を振って、3の倍数の人だけを一次選考OKとしたらどうだろう。そうやって、3分の一に絞ってしまってから、じっくり見ていった方が、自社に合った人物が採用できるのではないか」。 普通は、この機会的選抜を、「学歴」や「経歴(体育会とか、生徒会とか)」で行うものだ。一般企業で営業要員として迎え入れるというならば、基礎学力やハート、組織適合性を見る上で、「学歴」や「経歴」というのは、機械的選別としては有効性が高いといえるだろう(少なくとも、整理番号での選別よりは、有意性が高いことは間違いない)。 岩波書店は2013年の新卒募集において、「コネ」による応募しか受け付けない、と言明した。毎年、若干名の採用に対して1000名を超える応募がある同社は、応募者過多で選考が不全となっているために、コネという手法で機械的選抜を行うというのだ。少なくとも、出版社と何らかの人的つながりを持つ、というのは、編集活動が好きか、編集者と近い関係にあると想像できる。「整理番号」での選抜よりは合理性が高く、また、とかく偏屈が多い編集の世界では、「生徒会歴」や「体育会歴」よりも優位性が高そうだ。世間的にずいぶん波風を立たせてもいるが、これとて、採用者側の論理としては成り立っている。 批判覚悟で、コネによる機械的選抜を打ち出した岩波書店は、天晴れというべきだろう。ただし、自由や平等を標榜して、弱者の側の視線を強調してきた同社が、「コネ」という一種の既得権益を活用することについては、少々違和感を感じざるを得ない。そのあたりは、同様に弱者の味方たる社民党が、党職員の不当解雇で訴訟沙汰となっている構図とウリ二つともいえるのだが。 ************************************************************************ リンク&モチベーションの小笹社長なども好意的なコメントをネット上で書かれていました。引用はしませんが、城繁幸さんのツイッターはより過激でよかったです。 別に良し悪しを議論するつもりはないですが、エントリーシートひとつをとっても何を書けば合格するのかが提示されない就職活動の中で、明確な応募資格が提示されていることはすごいことだと思います。どう書けばエントリーシートが通るのかを悩むのはつらいですが、岩波書店の社員と知り合いになればいいという応募基準は極めて明快で、誰にでもチャンスがあります。もちろん以前から知り合いの人は何の努力もせずに応募資格を得られる点は不公平なのかも知れませんが、今から知り合いになれば追いつけるわけです。必死に知り合いの知り合いの知り合いを探す人もいるでしょう。ツイッターやフェイスブックも使えますし、本社近くで路行く人を飛び込みアタックなんてのもあります。 しかも、対象は社員だけでなく、著者まで広がっているので、やりよう次第では必ず見つかるはずです。また、見つけられるだけの行動力を見ているといえば、そうなのかもしれません。 ちょっと馬鹿げたように聞こえるかもしれませんが、表面的な情報をもとにして、そもそも論ばかりを振りかざして怒ったりする前に、これは新たなチャンスだとほくそえむこそができるような人材は、どこの企業でも欲しいんじゃないでしょうか。 ただ、明らかに岩波書店のやり方は稚拙ですし、初期対応なども逆に作用してしまったために、騒ぎが大きくなったといえます。マスコミ取材への対応もよくなかったみたいに感じられます。これは要改善点ではありますが、でも200人規模の会社の人事にそれ以上のことを求めること自体がなかなか難しい話でもあります。採用専任担当者が何人もいる大手企業の感覚ですべての世の中をみるのはやめなきゃいけませんね。必要なことはもちろんやらなければいけないのですが、企業の本分としては管理コスト倒れになるわけにもいきませんし。 |
水曜日にとある自動車メーカーの人事の皆様と、とあるテレビジョンの人事の方々とコラボのセッションをしました。自動車メーカーさんの人事の方々が、内部の活性化(?)目的で行っている連続的ワークショップにお邪魔して、パネルディスカッションめいたことをやってきたのですが、冒頭で5分くらい自己紹介と基調プレゼンがあります。
私の人選への期待役割も意識して「ネットワーク型人事部」という話をしました。 私たちの人事部は、けして多くの人数を抱えていません。専門知識を豊富に持ったメンバーも必ずしも多くはありません。そんな中で高度なサービスを提供するためには、ネットワーク型の人事部を志向する以外に方法はないと考えています。 ネットワーク型人事部を構成する要素は3つあります。 ①外部リソース これは足りないマンパワー、足りない専門知識を外部に頼るという場合と、外部化した方がトータル的に効率・効果の両面からメリットがあるという場合の2つのパターンがあるかと思います。 派遣会社に常駐派遣デスクを依頼したり、給与アウトソーシングを活用したり、面接代行を起用したり、様々な外部システムを活用したり、EAPやリワークをはじめとしたメンタルヘルスや健康保全などの分野でもいろいろとお願いするケースがあります。 注意する点としては、丸投げしないこと、必要なノウハウは自社で持つこと、常に徹底的な低コスト化を意識すること、先方の担当者に愛してもらうこと(一番好きなクライアントになってもらうこと)、良いと思うパートナーはどんどん他社に紹介すること、あたりでしょうか。 ②外部ディスカッション・パートナー 内部に高度な専門家を抱えることができないため、何か考え事があった際には、一緒に話し合ってもらえる人を外部に持っておく必要があります。すぐに発注に結びつくとは限らないような相談でも、自社のメンバーと同じようなスタンスで一緒に議論していただける方はほんとうにありがたいです。 もちろん、何かあった場合は、いつもディスカッションをしていただいてくれている方々を優先的に起用します。事情をよく理解してくれているわけですから、当然、パフォーマンスも高いものが期待できますから。 ③外部ネットワーク 社外の広い意味でのHR関係者とのつながりです。何かあった際に、また何か調べたい際に、すぐに聞ける外部のブレーンだともいえます。自分で調べることも大切ですが、何よりも知っている人に聞くというのはスピード感があります。自分にはそのようなネットワークがないという人に対しては、知っている人を知っていそうな人に聞けばいいといっています。その積み重ねにより、ネットワークも広がってきます。 ただ、この関係、最終的にはギブ&テイクにならないといけません。関係は続きません。テイクするのは何でもいいのです。自分が提供するものがないのであれば、飲み会の幹事をやるとか……。自分ができることは何かを真摯に考えていることが大切です。 こんな話をさらっとさせていただきました。 |
新卒採用面接が始まっています。
よく聞かれる話なのですが「よい面接とはどのような面接ですか」というのがあります。私が答えるとすると「結果的に雑談のように見える面接」とでもなるでしょうか。 もちろん何も世間話をしているわけではありません。面接をする側からはそれなりに構造化した質問を投げかけるのですが、面接を受ける側はそれに自然体で答え、面接官も自然体で掘り下げる、そんな応酬が一問一答的にではなく自然に続く、それが「雑談のように見える面接」です。 面接官は相手の自然の姿をみたいのですから、いかに自然体を引き出すかは大切です。多少揺さぶったりする必要も出ますが、素に近い状態にどうやって持っていくかが勝負の1つです。最後まで素に近い姿を見れなかった場合は、残念ですが自信をもって内定を出すのは困難です。面接の合否は合理的に決定できるものではありません。分析的に決定できるものではありません。もちろん、合理的かつ分析的に材料を集めて整理することはしますが、その結果で自動的に結論を導きだすものではありません。最終的には面接官が「決断」をする必要があります。「決断」に至れないままに面接が終わってしまった場合は、いいなといえる学生でも内定を出すのは少々怖くなります。学生の皆さんにはよく言っているのですが、武装して素を出さないのは損です。用意したことを明瞭な声で話して満足してしまうのは損です。最初はアイスブレーキングの意味も含めて、用意してきたと思われることをまずは聞いてあげようとしますが、それ以降はいかに「雑談のように見える面接」にするかが、お互いの理解のためには必要だと感じています。何よりもお互いの理解なくして、合否は決められませんから。 |
昨年の11月に実施した「第3回6お好み焼き検定」は、たくさんの方に受検いただきありがとうございました。私の個人的友人も多数、受検していただき、嬉しい限りです。お好み焼きの輪が広がり、日本中に元気が広がることを願っています。
かなり遅れてしまったのですが、検定の合格証を合格者の皆様にお届けしています。今回は初めて上級検定も実施しましたが、極めて狭き門となりました。その狭き門をくぐられた皆様向けに、にっぽんお好み焼き協会主催<第一回お好み焼き検定上級合格者様向け講習会>が2月26日(日)に、麹町の「お好み焼き文字平」さんにて開催されます。10:00~12:00 と 15:00~17:00 で各回定員20名、現在、合格者の皆様に参加呼びかけ中です。定休日にもかかわらず会場の提供をいただける「文字平」さんには感謝です。 当日の式次第は以下のようになっています。上級合格者限りの企画ですので、是非、皆様も来年、上級検定にチャレンジしていただければ嬉しいです。 ■当日の次第 1、佐竹会長によるお好み焼きの焼き方デモンストレーション 2、参加者へのお好み焼きの焼き方指導(1人1枚豚玉を焼いていただきます) 3、全員で焼いたものの試食と懇親(お一人一杯サービスドリンク・おみやげ付) また、にっぽんお好み焼き協会は、「チームてっぱん」が実施する《てっぱん”お好み焼き”プロジェクト~東日本大震災被災地訪問~》に全面協力をします。今回は、震災から1年目の3月11日に宮古にて、お好み焼きを通じた交流を予定しています。岩手県宮古市立赤前小学校にて、ホットプレートで美味しく焼けるお好み焼き講習を実施した上で、近所の仮設住宅にお住まいの方向けのお好み焼きの炊き出し、子供たちとの交流会などを予定しています。 少ないメンバーが本業の合間にやっているのが実態の協会ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。 |
グロービス、ってありますよね。社会人にMBA熱を焚きつけた張本人だともいえます。
グロービスの看板講座に「クリティカル・シンキング」があります。皆さんは「クリシン」と略称で呼びます。いわゆるロジカル・シンキングを学ぶのですが、2008年に私も前職から派遣されて、6回に渡るこの講座を受講しました。 クラスでは、おそらく最年長の次だったんじゃないかと思います。比較的、若い頃からいろいろな場に出ていましたので、最年少の立場には凄くなれていました。幹事役や使いっ走りは嫌いではなかったです。でも、逆に年長組はあまり慣れていませんでした。そんな年齢に自分もなったんだなぁと強く認識した場でもありました。 わずか6回のクラスでしたが、毎回終了後に飲みに行きました。そもそも仕事終了のあとの講座なので、講座の終了は21時を大きく回ります。で、飲みに行くと当然のように終電がなくなります。当時の飲み仲間は、6回の講座に出る中でかなり貯金を取り崩したことでしょう。 で、今日はそのOB会でした。担当教官は今、上海にいます。でも、直前にきちんとメールをくださいます。どたキャンのメンバーもいましたが、皆、第一線で奮闘しているのですから、当然です。あれから4年近くなっても、こういうかたちで集まれることが素敵です。 グロービスでは、OB向けに受講中のメーリングリストの継続使用をできるようにしてくれていました。たまたま、今日。それを3月末で取りやめるとの連絡がありました。理由はザーバ容量だとか。何ともさびしい話です。6回のクラスで終わらないのが、クリティカルシンキングの醍醐味の1つだったはず。もちろん、我々のチームは勝手にメーリングリストを作るとか、フェイスブックでつながるとかして対処しますが、何となくさびしい思いのするグロービスの判断です。 そんなことは別にして、今日も盛り上がりました。懐かしいメンバーからの刺激と、美味しい料理・お酒からの刺激。飲食店というのは、大切な役割を担っている場所だとも再認識しました。 たぶん、明日は全員が少し元気を増して出社することと思います。 《2012年2月16日》 果たして自分はおたふく風邪にかかったことがあるのか、病院で聞かれましたが、よくわからないままに、たぶんと回答しました。 |
NPO法人「楽器で笑顔基金」presents「第2回東日本大震災復興支援ライブ」を開催します。
去年の5月、パーカショニストのペッカーさんの発案に、様々な人が集い、今年の年初には新たなNPO法人という器もできました。事務方の主要部分は、各社の人事部で活躍するメンバーが会社や立場を超えて携わっています。 震災で流され、壊され、失われた楽器を子供たちに贈り、笑顔をたくさん増やそう。それも一過性の運動ではなく、現地に継続的に音楽家の皆さんを派遣していけるような、継続的な仕組みと仕掛けを作ろう、そんなことを考えているチームです。 震災からもうすぐ1年、いろいろな方が支援活動を精一杯行ってきました。今も日々尽力されている姿には頭が下がります。先日、お会いして直接お話をうかがうことができたNPO法人カタリバの今村久美さんたちのような取り組みをされている素晴らしい皆さんがたくさんいらっしゃいます。しかし、その半面、ボランティア数の激減という報道からも感じられるように、震災直後のあれだけ高まった思いと関心は、もしかすると少しずつ薄れてきてしまってはいないでしょうか。 今回のライブのタイトルは 『NO!!風化』です。まだまだ私たち1人ひとりにできることはあります。それを1人ひとりが思いだし、改めて何かに踏み出す場になるといいな、と思います。やれることは小さくても、1人1人が自分の立場で継続することが大切です。まだまだ何年という単位での年月が「復興」には必要です。 当日は復興支援ライブといっても、ではなく復興支援ライブだからこそ、明るく楽しい場にします。是非、仲間に加わっていただけると嬉しいです。 このライブに関する収益金は、必要経費を除き、NPO法人「楽器で笑顔基金」が行う被災地への楽器寄贈と、音楽指導者の派遣事業に役立てさせていただきます。 日時:2012年3月2日(金) 会場19時、開演20時 会場:原宿クロコダイル http://crocodile-live.jp/index2.html 出演: Septeto Pescado de Oro(ラテン&サルサ) 松平直子 Vo 山本京子 Vo 仲田美穂 P 武田和大 Sax 宮本博敏 Bass 大儀見元 Timbales Pecker Congas Flamenco浅見純子と仲間たち(フラメンコ) baile:浅見純子 ほか cante:有田圭輔 guitarra:長谷川暖 per 大儀見元 北インド古典音楽集団 エスラジタブラ Esraj:島田博樹 Tabla:宮木修平 内容的にはまったくよくわかりませんが、ペッカーさんがFBファンページに書いているところでは、「音楽は北インドからスペインにフラメンコさらに海を渡り、キューバのラテン、サルサを演奏します。支援ライブと言っても明るく楽しいものにしたいと思っていますので御来場をお待ちしております。」ということです。 |
毎日、結構「しましま」な日々を送っていますが、今日は典型的な「しましま」な日でした。
「しましま」というのはスケジュールのことです。私の会社は全社のスケジュール管理にgoogleカレンダーを使っているのですが、これの日と週のピューは、予定のある時間帯の領域を色掛けしているような外見になります。で、間をあけずに予定が入りまくるとスケジュールが「しましま」に見えます。ぎっちり入っているといっても、1日のうちでところどころには空き時間(自分の仕事をデスクでする時間)があるものですが、今日のスケジュールはそれがまったくない、ということで「しましま」な1日なのです。 08:15-09:15 09:15-10:00 10:00-10:30 10:30-11:00 11:00-12:00 12:00-13:00 13:00-14:00 14:00-15:00 15:00-15:30 15:30-16:00 16:00-17:00 17:00-18:00 18:00-19:00 という感じで13件の来客・ミーティングをこなし、あわててたまった決裁書類をみたりという事務をこなして、新幹線に飛び乗るということで、今、闇の中を疾走中の新幹線でこれを書いています。 このように「しましま」になると、自分の仕事がなかなかできませんよね。まあ、人事の管理職というのは、平日の日中はメンバーと他部署のために仕事をしているのだというのは正論だと思いますので、こうなってしまうのはいたしかたありません。ただ、そうはいってもメールも数百通来ますから、どうしても会議に出ながらそれを読んだり、次の会議の準備を前のミーティングの最中をしたりという自転車操業もやらざるを得ません。そして、何よりも嬉しいのは、予定よりも会議が早く終わること。1時間とっていた枠で40分で打合せが終わると、貴重な20分が生まれます。これをつなぎあわせて生き抜いているようなものです。 30分空いていると勝手にスケジュールが入ってくるので、外出時のスケジュールの入れ方には注意が必要です。20時から新宿である会も、そのとおりに入れると20時まで打合せをしなければならなくなったりします。出先の移動時間を空白にしていると、大阪と名古屋の間の2時間しかない移動時間で、東京の会議に出なければならなくなったりします。 まあ、「しましま」でいられるうちが、管理職も華ですね。 |
【fʌ'n】の第2回目「学びの場・教材のデザインと著作権に関する研究会」での福井健策弁護士のお話について、2日間に渡って整理して書き残しておきました。
今日は少し感想です。 著作権法は1970年にできた法律だそうです。まだ、コピー機というものもパソコンも普及していない時代のことです。当日と今では、ものを複製するという技術も容易さも雲泥の差です。まず感じたのはそのことです。今は容易に寸分たがわないものを作成することができてしまうわけで、こういった時代の著作権の難しさということがさらに今後出てきます。網膜にカメラを埋め込んで、まばたきをするたびにすべて視野に入ったもののデジタルコピーをとることができるなんてことにもいずれなります。さらにより創造を超えた事態も起こってくるはずです。 あと、もう1つ印象に残ったのは、著作権法のある意味、ふとっぱらの思想です。アイデア、企画案、技法といったものは著作物として認めないというスタンスなわけです。結果として、研修ベンダーの資産はほとんど保護されません。仔細に書き込んだツールや明確に記述されたマニュアルというものは、その対象となるのでしょうが、その根底にある技法、アイデアは保全させないわけです。 この思想の根底には、アイデア・技法は個人に属するものではなく、人類に属するものだというものがあるように感じられました。誰かが発案したアイデアをその人個人に属させるのではなく、皆で使う、そしてアイデアに接ぎ木をして、さらに新しいアイデアを生む、そして人類全体が豊かになっていく。著作権法はそんなことを求めているのではないかと感じました。ちょっとリナックス的な感じがいますが、実は学びの本質もそこにあるのではないかと思います。 誰かが何かを学ぶ、学んだことを自分だけのものにせずに、誰かに伝える。新たな学びの場を自らも創造する。誰かが非常によい学びの方法を考案する。それを用いて素敵なワークショップをやる。それに触発された参加者が、少しやり方をパくりながらも、自分のオリジナリティを入れ込んだ次のワークショップを生みだす。そうして、学びの場と学びの輪が拡大していき、それが世界中を覆い尽くす。こういった循環の足かせとならないように著作権法ができていると考えるのは、もちろん拡大解釈に他ならないのですが、なんかとてもロマンチックな法律だなぁという感じがして嬉しくなります。 |
WOWOWの素敵なスペースで開催された【fʌ'n】の第2回目「学びの場・教材のデザインと著作権に関する研究会」での福井健策弁護士のお話について昨日から書き残しています。
私たちは無意識に著作権を侵害していないか、これは学びを提供する立場としては、結構不安になる要素です。事前に参加者から寄せられた「そんな不安」のアンケートに基づいて、7つのケーススタディを行いました。すべてのケーススタディについて、「法的にはどう考えることができるでしょう?」「あなたなら、どうしますか?それはなぜですか?」という問がきます。 著作権の侵害になるか否かを判断するためには、まずは「それは著作物ですか」 という問いがありました。ここで最もキーになるのは、「それは創作的な表現含んでいますか」という視点です。アイデア、技法、企画案は「創作的」とはいえないという衝撃(?)の指摘がありました。 次に「著作権は何について禁止しているのか」を理解する必要があります。禁止しているものに該当しなければ、関係はないわけですから。でも、これは結構広くて、多くのものが該当しそうです。 そしてもう1つ「例外的に許可のいらない場合に該当しないか」 という視点です。例えば、よく知られているように「私的使用のための複製」は認められるわけです。 そんな「例外」の中で私たちが最も理解するべきなのが著作権法第32条における「引用」です。これは法文に明記されているわけではないようですが、過去の裁判例などから、6つのポイントがあると福井先生は指摘されていました。下記の条件に合致する「引用」であれば、著作権の侵害にはならないと判断できるだろうということです。 ①公表作品であること ②明瞭な区別がされていること ③主従関係 ④必要性・必然性 ⑤改変はできない ⑥出典を明記する 私たちが何かを引用するケースは非常に多いです。その場合、この6つのポイントを意識してクリアする必要があるわけです。ただ、時にこれは結構難しい場合もあります。「②明瞭な区別がされていること」ということは、自分の作品の中に他人の作品を混在させないということになりますが、自分の頭の中でこれが混在一体となって認識がきちんと区別できていないケースもあるでしょう。「③主従関係」というのは、質・量ともに引用の方が「従」であることが求められるわけです。ゴーマニズム宣言事件では10%の量はOKだったと伺いましたが、その数値が基準になるということではありません。人の作品の鑑賞が目的になるような引用の仕方はNGだそうです。そのため白黒写真や小さな写真で引用するなどの工夫をしているケースも多いといいます。 神経質になったところで、改めて振り出しに戻って考える必要もあります。それは「果たしてそれは著作物であるのか」という観点です。著作物でなければ、いかなる引用をしても著作権侵害にはなりません。 こんな視点をもって7つのケーススタディをやりましたが、世の中そうそう綺麗に著作権だけでの討議はできません。映像であれば、肖像権が絡んでくるケースがあります。また、そもそも当事者間契約はどうなっているのかという点も大切です。さらには、著作権者が広く広めることを是としているのかどうかということもあります。はたまた、営業的見地という価値観も入り込んできます。現実にはこういったことがごちゃ混ぜになって判断するわけですが、よりクリアな判断をするためにも、「著作権の見地ではこうです」という点が明確になっていることは大切なことです。 《2012年2月12日》 半月ぶりに出社しない1日。ということで山ほどやることが蓄積しておりました。でも、自宅で仕事や勉強をしていると不思議に落ち着くんですねぇ。 |
昨日は中味にふれられなかった【fʌ'n】の第2回目「学びの場・教材のデザインと著作権に関する研究会」での福井健策弁護士のお話について書き残しておきます。
私たちは無意識に著作権を侵害していないか、これは学びを提供する立場としては、結構不安になる要素です。事前に参加者から寄せられた「そんな不安」のアンケートに基づいて、7つのケーススタディを行いました。すべてのケーススタディについて、「法的にはどう考えることができるでしょう?」「あなたなら、どうしますか?それはなぜですか?」という問がきます。 法的に判断ができるためには、著作権というものを理解することが必須です。福井先生はわずか30分という時間で、これを見事にレクチャーされます。天才的です。 考え方のプロセスは以下のとおりになります。 1.「それは著作物ですか」 つまり、今そこで問題になっている対象物は著作物かどうかです。著作物でない限りは、当たり前ですが著作権は発生しません。 著作物の定義は「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」だそうです。 ここで大切なのは、何よりも「創作的な表現」ですね。ですから、「それは著作物ですか」という問は、「それは創作的な表現含んでいますか」という問に近いことになります。 さて、「創作的」に行く前に少し寄り道を。「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とありますが、要は「人が創作した情報」が著作物であり、著作権とは情報に対して及ぶ権利なのです。では、まずはこの対象となる情報についてみてみましょう。これには、9つあるそうです。 ①小説・脚本・講演等、②音楽、③舞踏・無言劇、④美術、⑤建築、⑥図形、⑦映画、⑧写真、⑨プログラム、となります。これにあたるかどうかですね。ここで面白いこととして、例えば「舞踏」であれば、振り付けが著作物であり、踊り手ではないこととか、いろいろ細かい話があります。 そして、次に「創作的」です。これから除かれる5種類の情報というのをまた教えていただきました。 ① ありふれた表現・定石的な表現 ② 事実・データ ③ アイデア(企画案、基本的な着想、技法、~風) ④ 題名・名称 ⑤ 実用品のデザイン これらに該当すると「著作物」ではない可能性が高いということになるんですね。特に着目すべきは、アイデアは著作物ではないのです。企画案、着想、技法もそうです。仮に○Cがあっても、それは1人よがりだということになります。あまりに明快な話に、ちょっとびっくりしました。アイデアを著作物としないのは、人類の文化の発展を望んだ結果なのかもしれません。がちがちに囲い込むのではなく、よいアイデアは囲い込まずに皆で発達させるのがよいという思想が根底にあるのであれば、これってすごいですね。著作権、やるな!という感じです。 2.「著作権は何について禁止しているのか」 著作権はなんら手続き・登録をせずに守られるものです。創作すれば自動的に発生します。で、問題は何に対して禁止しているのかです。逆にいえば、禁止していないものについては、関係ないということになります。逆に、「著作物」と認められるものが、下記のいずれかに該当すれば、これはアウトに近づくということがあります。 複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権(プログもここに入ります)、口述権、展示権、頒布権、譲渡権、貸与権、翻訳権・翻案権等、二次的著作物の利用権 これは結構、広いです。これらに該当するものについては、「私に無断で使うな」ということですね。そして、民事だけでなく、最大で懲役10年という刑事罰もあるとのこと、これは考えてもいませんでした。 実は著作権法は1970年に制定された法律だそうです。当時と比較すれば、「複製」なんかものすごく概念が変わっていますよね。 3.「例外的に許可のいらない場合に該当しないか」 これで一番有名なのが「私的使用のための複製」ですね。 他に「引用」「非営利目的の演奏・上映・貸与等」「政治的演説等の利用」「時事の事件の報道のための利用」「公開の美術の著作物等の利用」というのがあるそうですが、だんだん難しくなります。 この中で私たちが強く意識すなければならないのが、「引用」です。ある意味、このブログもいろいろと引用しまくっていますが、著作権法第32条における「引用」にあたれば、それは著作権の侵害にはならないということです。 で、何より大切な「引用のポイント」ですが、これについては長くなったので、明日に続きます。 《2012年2月11日》 先週末に引き続き、新卒会社説明会3回興行。来週末は大阪興行です。 |
すでに中原先生自身のブログにアップされていますが、昨日の夜に【fʌ'n】の2回目となる「学びの場・教材のデザインと著作権に関する研究会」が開催されました。メインゲストは弁護士の福井健策先生。この方、目茶目茶トークが上手です。いずれテレビが放っては置かないのではないかと思います。
最初に福井先生から30分!の著作権講座。でも、わずか30分で主要なポイントは不思議と理解されてしまうのです。そして、企業内研修や個人で実施するワークショップで起こりえる著作権関連の問題についての7つのケースをグループディスカッションします。それぞれのケースについてグループ発表をして、それに福井先生が解説とコメントをつけるという流れです。実に面白かったです。著作権の問題のケーススタディは、通勤途上災害のロールプレイイングみたいに面白いですね。 私や会場にいたラーニングイノベーション論のOBOG仲間などは、自分たちがやっているワークショップやインハウスが著作権に実はひっかかっているんじゃないの?というところに興味があって参加しているのですが、意外や意外、まったく違う興味で来ている人が多数います。そういうと、Learning Barなんかとは若干、客層と雰囲気も違います。まぁアルコールが出てないからという話もありますが(アルコールが入ったら、この手の議論は拡散するから駄目です)。 違う意味というのは、自分たちのコンテンツをいかに守るかという点に興味がある方々です。つまり、私たちとは逆の視点。代表的なケースは、研修ベンダーを立ち上げている方とか。結構、単一コンテンツから研修ベンダーを立ち上げて、それを武器に規模を拡大させているという方も世の中に少なくありません。それらの方にとっては、パくられるといのうは死活問題だったりします。営業力のある大手に知らないうちに内容を流用されることだってありえますし。で、いかに著作権によって、自らのノウハウを守るか…ということ嫌でも興味がいくことになります。でも、中には個人の立場でワークショップをやっている方の中にも、同じ目線で参加されている方もいたりします。これはかなり違和感があります。いいのを編み出したら、皆に使ってもらえると嬉しいじゃん、という安易な感覚ではないわけです。近未来に研修ベンダーを立ち上げよういう思いがあるのかもしれまん。確かに、皆に使ってもらえばいいじゃん、というのは素人のスタンスかもしれません。 ということで、中味についてはまったく書かずに、今日は感想をまずは書き残しました。おいおいきちんとした整理もしていきます。 終了後には赤坂「花でん」でおでんとお酒。学びのあとのリフレクションを兼ねたお酒は実にいいですね。そんな時には時間を忘れるので、23時終了の店に行くのが鉄則です。 《2012年2月10日》 明日は建国記念日ですが土曜日ですね。祝日が土曜日とぶつかるのはもったいないことです。今年はこのパターンが結構あります。まぁ、私は明日はどっちみち仕事だから関係ないのですが。 |
ちまたで自主的にワークショップを開催する人が増えています。
学びの場が野に咲き誇るようになるのは素晴らしいことです。人は学びたいという本能的欲求がある、そして自らが学び始めると、それを伝えたいという本能的欲求がある、と最近は感じます。 私たち人間も生物ですから、種を守り、そのために進化させるという本能がインプットされています。高度に脳が発達した人間における進化のためには、やはり学習が必要であり、また環境適応にも学習が必要です。そしてこれは種にインプットされているものなので、自分だけが学んで満足するのではなく、学びの場を拡大させて他者にも拡散させたいという欲求を自然と持つわけです。 ただし、学習とはどちらかというと連続的な変化をもたらすものであり、本来の爆発的な変化を想起させる進化にはどうも届かないところがあります。でも、もしかするとそれはもうほんの少し先に爆発のタイミングは来ているのかもしれません。人々の学習する行動がある臨界点を超えたところで、全人類の脳が爆発的な変化を起こし、人類全体がネットワークされ、諍いや争いがなくなる、今のワークショップ熱はその前段の現象なのかもしれません。そんなネタで短編SF小説を書こうかと思い、キャラクター設定も漠然とですが決めたのですが、駄目でしょうか。オープニングのイメージもできたのですが。 《2012年2月9日》 書き始めとまったく違う結末になりました。著作権を気にしないでいい内容にしようというバイアスがあったから、なんてことはありません。すみません、わかる人は今日、赤坂で学んでいた60名くらいですね。 |
酒井穣さんの新著です。
おーっ、というような仕掛け(?)になっています。いつものことですが、表紙がまた素敵ですよね。 私は酒井ワールドというのがあると思っているのですが、何よりも酒井さんは読書家であり、酒好きであり、ネットワークが広く、幅広い知見をお持ちです。そんな酒井さんの脳の中に格納されている、それこそ古今東西の様々な理論を引用して、それを酒井さんなりに解釈して、読者の手に届きやすいところにレベル設定して提示されることによって本を構成します。また、複数の理論を絡めたり、理論から理論に話をつないだりという感じで、そういった仕掛け自体が極めてオリジナル性を感じさせるわけで、これはもう1つのマジックのような技術だと感じています。 本書は88もの名言を収録し、それぞれの名言に対になるような頁構成で、酒井さんの言葉が続きます。引用される名言のソースは多岐に渡ります。中には、名言が長く、酒井さんの解釈と長さが変わらないぐらい、そのくらい酒井さんの言葉はシンプルです。しかし、シンプルな言葉の方が難しいはずであり、あえて冗長を避けて頁構成にこだわっているのかとも感じます。結果的に、酒井さんの言葉自体も名言かのごとく……というつくりです。 work~仕事で成長する、communication~よい人間関係を築く、world~複雑な世界を知る、life~ひたむきに生きる、と4つの章に名言は配置されていますが、一貫して自身よりも若い人への暖かく厳しいメッセージが続きます。ちょっと飲み屋のカウンターで後輩を相手するオヤジっぽさも感じるところが、また素敵です。人に心をかけるというのは、基本的におせっかいなことですから。
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カタリバはご存知でしょうか。
土曜日のキャリアデザイン学会でカタリバの今村代表のお話を初めて直接うかがいました。なかなかお話を伺う機会をこれまで得られなかったのですが、実際に伺ってみると思っていたよりもさらに強く気持ちの入った取り組みをされていたことに感動を覚え、すっかりカタリバ支持者になりました。終了後、学会の担当者数名と今村さんを囲んでビールでプチプチ打ち上げもやりました。何か役立ちたいです。 カタリバは高校生に対して、斜め上の立場である大学生との「語りの場」を提供する仕組みであり、組織化された4000名ほどの大学生に大変にパワーをかけた準備を提供した上で、綿密なマッチング作業の果てに本番の場を作ります。 カタリバの基本スタンスは《相手の話を「聴く」》ことです。 ここでの「聴く」には3つの要素が最低限求められます。 ①さえぎらない、②批判しない、③判断しない いわゆる傾聴の姿勢です。斜め上の関係といえば、社会ではメンター関係がこれにあたりますね。そこではおそらくもう少し踏み込んだ対応が求められるのかもしれません。しかし、カタリバではこれを徹底します。 私たち社会人が大学生のキャリア支援を個人のレベルでやる例は増えています。でも、この3つを徹底するのは容易ではありません。①・②はそこそこできても、③なんかはつい踏み込んでしまいます。「判断する」というのは仕事のもっとも基本的な要素です。そしてすばやく適切な判断ができる人は「仕事ができる奴」と一般的にいわれます。私たちビジネスパーソンにはこれが染み付いているんですね。 社会人のアプローチの場合、判断もありなのかもしれませんが、これを排除した場も試してみたいものです。学生支援といいつつ、気持ちよく社会人が自らの話をするだけにとどまってしまっているパターンもあります。それはそれで先輩の事例の伝達としては、ありなのかもしれませんが、「聴く」とセットでそれがある必要があるように思います。逆にセットが必要がない人は、支援も必要でない人なのかもしれません。 《2012年2月7日》 7時から会議でしたが、帰宅は25時過ぎ。またまた業務で大遅刻ですが、本日は人事ネットワーク「5時間会」の飲み会。新宿三丁目が似合う会です。 |
先日、神戸大学の松尾睦先生がご来社された際に出ていたお話です。
「育て下手」の人に共通するポイントとして、なんといっても「仕事のまかせ方」が下手というのがあります。これには、大きく分けて2つのパターンがあります。 ①何でも上司が自分でやってしまう ②丸投げしてまう(上司が意識していないケースも含めて) といっても「仕事のまかせ方」というのは実に難しいものがあります。松尾先生はこんな整理をさせていました。 ①ミッションの明確化 ②困ったときに声をかける ③ポイントでアドバイス、ヒント出しをする そして、まかせるからにはその先のゴール設定をきちんとすることと、折々にリフレクションをすることでしょうか。 《2012年2月6日》 具体的なことは私からリリースするべきことではありませんが、MALLというたくらみが進んでいます。本日、そのたくらみ会。どうしても純粋さを失っている近頃の自分を感じるのは、本当に皆さんが真摯な態度で取り組んでいるからなのです。 |
昨日のキャリアデザイン学会の研究会には「カタリバ11年の軌跡」と題して、代表の今村久美さんをお招きしました。ほんとうにみんなに聞いて欲しい話がたくさんありましたが、一番最後に伝えてくれたデータにとても突き動かされました。
マクロミルが実施した今年の新成人に対するアンケートです。 Q.あなたは、自分たちの世代が日本の将来を変えてゆきたいと思いますか。 そう思う…………………………19.0パーセント ややそう思う……………………49.4パーセント あまりそう思わない……………25.6パーセント そう思わない……………………6.0パーセント すごい数字です。彼らは主体的に日本を変えようと思っているのです。 実は、この世代が2009年2月発表の「中学生・高校生の生活と意識」では以下のように回答しています。 Q:自分はダメな人間だと思う ① とてもそう思う…………20.8パーセント ② まあそう思う…………35.2パーセント ③ あまりそう思わない…………31.8パーセント ④ 全くそう思わない…………11.5パーセント Q:現状を変えようとするよりも、そのまま受け入れるほうがよい ① とてもそう思う…………18.6パーセント ② まあそう思う……………42.0パーセント ③ あまりそう思わない…………29.2パーセント ④ 全くそう思わない…………8.7パーセント なかなかパワーが感じられまいデータですね。私たちが、若手に対して抱いてしまっているステレオタイプとおりだともいえます。上の世代がステレオタイプ的な目線でみること自体がまずは非常に大きな害です。彼らは着実に変わっているのかもしれませんが、その芽をつぶす危険があります。先のマクロミルのデータでは、政治に対して「関心がある(関心がある+やや関心がある)」と回答した人は75%、選挙については64%、経済については82%が「関心がある」と回答しているのです。 でも、2009年に調査をしたら、きっとこうはなっていなかったでしょう。2009年と2012年の間にあった最も大きいことは、いうまでもなく震災です。その中で、彼らは私たち世代以上にいろいろなことを考え、いろいろな行動をとってきました。 つぶさないこと、失望させないこと、まずはそのスタンスだけは皆が少なくとも持ちたいですね。失望させないような誇りある行動を先に生まれ、先に死んでいく世代の1人ひとりがしましょう。是非。
《2012年2月5日》 新卒採用セミナーの合間にアップ。今月、お休みが2日しかないですねぇ。風邪、完璧に治さないと。 |
今週、神戸大学の松尾睦先生が会社に遊びに来てくださり(遊びじゃないですね)、1時間半ほどあれこれと話をしました。メンバーも1人交えて、松尾先生的にはヒヤリングの一環ということになるのかとは思いますが、私としては格好のディスかション・パートナーを得られたという感じで、投げかけられるがままにお話をしつつ、自分が今、考えていることを整理したり深めたりすることに非常に役立つ時間でした。また、改めてやる気をいただきました。
以前にここでも書きましたが、少し前に研修ベンダーのヒヤリングをした際にも、ディスカッション・パートナーを得ることの大切さを感じました。この感覚は何なのかと思いました。 私は結構、若い頃から上司・先輩につっかかる方だったように思います。もちろんつっかかるからには、成果を出すことに意地とプライドももっていました。つっかかるというのは、意見をぶつけ合うということであり、その中から気づきも生まれますし、自分の未熟さも実感しますし、何よりも自分のアイデアが広がります。先ほどはディスカッションという言葉を使いましたが、いうまでもなくそれはリフレクション、フィードバックの場でもあるわけです。上司・先輩以外でも、同僚や同期とは飲み会も含めてたくさんの話し合いをしました。後輩・メンバーともそうです。 今は小さいながらも部門のトップです。無責任に意見を上にふっかけることはさすがにしません。また、私のマネジメントスタイルの未熟さに起因するところが大きいと思うのですが、メンバーもなかなかふっかけてきません。意見をふっかけられることは、ふっかけられる方にも気づきと広がりを招き、何よりも健全な緊張感を招きます。これが内部であまりなくなってしまったことに危機感を感じます。ただ、そんな不安をカバーしていただけるような方が外にたくさんいるのがありがたいところではあります。何かテーマを考えようとする際、これはあの人と話し合うとよさそうだ、というのは、教えを乞うのとはまた少し違った相手になります。これは飲み屋でお願いする場合もありますし、複数でお願いする場合もあります。ただの飲み会の衣を着ていることもあります。 でも、内部でも自然とそんな存在をつくることができるようにしないといけません。 《2012年2月4日》 キャリアデザイン学会の研究会で聞いたカタリバの今村久美代表の話。みんなに聞いてもらいたい話がたくさんです。おかげで風邪もだいぶ回復してきました。 |
ある研修会社というよりも、アルーという研修会社の方から、エンゲージメントに関するお話をうかがいました。いただいた資料にあるデータによると、日本企業の従業員のエンゲージメントは他国と比較して相対的に低いのです。
それぞれ、完全にエンゲージしている、エンゲージしていない、まったくエンゲージしていない、の順に%を示してみます。 日本: 7%⇒70%⇒23% 中国: 9%⇒72%⇒19% インド:31%⇒66%⇒3% 英国:20%⇒59%⇒21% 米国:29%⇒51%⇒20% 「完全にエンゲージしている人」、つまり自主的に会社を伸ばそうとしている人は7%しかいないことになります。取りあえず会社にはやってくるレベルの「エンゲージしていない人」が大半の70%、そして会社にはなんら利益をもたらさない「まったくエンゲージしていない人」が23%もいるのです。大丈夫ですかね。「完全に」といわれると○をつけにくい国民性もあり、そのまま比較するのはどうなのかなという気はしますが、いずれにしても困ったデータです。 この会社というか、アルーはエンゲージメントを次のように定義しています。 「社員が、組織に対して強い愛着を持ち、仕事に対して熱意を持っていること」 そしてエンゲージメントには、「思い入れ」と「貢献意欲」という2つのキーワードがあるとしています。こんな社員がそろっている組織は強いです。 以前にもこのブログで紹介しましたが「自創の会」でお話いただいたある会社での定義は、「社員が自ら前向きに能力を発揮し、会社戦略の達成に貢献している状態」でした。そして、「考える」「感じる」「行動する」の3つの要素が成り立っている状態なのだともお話されていました。実にしっくりとくる話です。 あなたは自分の組織に対して、エンゲージメントしているでしょうか。 《2012年2月3日》 すっかりと風邪引きさん。ちゃんとマスクしております。部署内のマスク比率は5割近いですかね。でも、土曜日も日曜日も早くから出勤なのです。 |
板橋区にある、とあるお好み焼き屋さんに聞いたお話です。
このお店、実は行ったことがないのですが、とても元気な雰囲気で、お客様とお店が一体となった感じで営業をされているようです。 お好み焼きは、お店によって店焼きと自分焼きに分かれます。 店焼きというのは、関西では普通のみられるお店がお好み焼きを焼いて、お客様の席にお持ちして提供するスタイルです。これに対して、自分焼きというのは、お客様が自席の鉄板で自分で焼くスタイルです。 このお店はその折衷なのだそうです。基本は店焼きなのですが、お店の人がセンターの鉄板で焼くのではなく、お客様の席の鉄板に行って焼くのだそうです。見た目的には自分焼きですが、お客様は手を出しません。店員がいくつもの席をはしごして焼いて歩くのだと思いますが、確かに慣れれば可能ですね。席に行く都度に会話が生まれますから、自然と一体感が生まれるでしょう。 そして、このお店がしているもうひとつの工夫は、裏メニューです。 裏メニューを持っているお店は結構ありますね。それをしっている常連だけがオーダーをするわけです。友だちなんかを連れて行って裏メニューが出てくると、ちょっと鼻が高い感じがしますね。当たり前すぎる話ですが、普通、裏メニューはメニューには載っていません。でも、このお店は裏メニューをメニューに載せているのだそうです。そして、もちろん裏メニューなので、普通のオーダーでは提供していません。じゃあ、なぜ載せるのか。実はポイントカードを一杯にしたお客様だけがオーダーできると、裏メニューオーダールールが明確化されているのだそうです。この魅力的な裏メニューにありつくためにも、お客様は常連に自然となっていく、そんなわけです。 いずれも逆転の発想です。素晴らしいですね。 根底にはとにかく常連のお客様を多くつくらないと、店は続かないという危機感があります。実はこちらのお店、もともとユニークなメニューも多いので、テレビに取り上げられたことがあるそうです。そうするととても大勢のお客様が押しかけたそうです。それも地元以外からの新規のお客様がたくさん…。毎日、大盛況だったそうです。でも、テレビが作ったブームはいずれ去ります。ブームが去ると同時に、一緒に地元のお客様も去ってしまったそうです。というか、ブームの混雑の結果、地道に積み上げてきた地元のお客様を結果的にむげにしてしまったことにより、常連固定客がいつの間にかいなくなってしまったのです。とてもつらいお話です。 それ以来、常連客、固定客、リピーターが増え、そして喜んでもらえるようなことを真剣に考え続けて今日があるようです。たいした投資は特に必要のないことばかり、アイデア勝負で頑張られてきたわけです。商売の本質を理解して、アイデアを搾り出す、何の仕事にも共通する話だと思います。 《2012年2月2日》 どうも寒気もしたので、今日は日本酒を燗で飲み続けました。飲み始めると元気になったので、6種類も素敵なお酒を飲み続けることができました。 |
私のいる会社では、新しく部下をもった若手リーダー向けの研修に、2年前から選択心理学の概念を取り入れています。
選択理論心理学というのは、アメリカの精神科医ウイリアム・グラッサー博士が提供したもので、すべての行動は自らの選択であると考える心理学です。これに相対する考え方を外的コントロール心理学というとすれば、そちらは人間の行動は外部からの刺激に対する反応であると考え、人の動機付けは外側からされるものであり、人は変えられる存在だということになります。 これに対して、選択理論心理学では行動を選択できるのは自分だけであり、他人に自分の行動を選択されることはないのだという立場に立ちます。 選択理論心理学の中心的概念に「基本的欲求」というものがあります。 人はいつでもどこでもこの基本的欲求を満たすことを求めている存在であることが基本になります。そして、基本的欲求が満たされているときに人はモチベーションが上がり、満たされていない時にモチベーションが下がる存在です。基本的欲求は、誰でもが持つものなのですが、人によってどんな基本的欲求を持つかのかの強弱が異なってきます。 基本的欲求には5つあるとされていますが、それを整理してみましょう。 ①愛・所属の欲求 ~誰かと一緒にいたい。満足な人間関係の中にいたい。 ②力・価値の欲求 ~他者から認められたい。自分を認めたい。役割を果たし貢献したい。 ③自由の欲求 ~自分で決めたい。自分らしさを大事にしたい。 ④楽しみの欲求 ~楽しんでいたい。学習し続けたい。ユーモア・好奇心を大切にしたい ⑤生存の欲求 ~安心・安全な状態でいたい。健康でありたい。 5つの基本的欲求は、すべての人が5つそれぞれの要素を持っているものです。しかし、人によってその強弱が異なるのです。自由の欲求が極度に高い人、愛・所属の欲求が極度に高い人、様々な人がいます。しかし、愛・所属の欲求がまったくない人というのはいないと考えられます。 この強弱をきちんと理解・意識して対人関係を作ることができれば、そこでは良好な関係が必ず生まれるでしょう。特にリーダーが、基本的欲求を意識しながら、メンバーと対峙することができれば、メンバーのモチベーションを上げることができるわけです。 基本的欲求の怖いことは、人は何としてもこれを満たしたいと思うところです。どうやってでも人はこれを満たそうとするのです。仮に健全な形で満たせないという状況に置かれた場合、不健全なかたちでも満たそうとする人が出てくるのです。けして悪人ではない人が、服務規律違反や不正を起こす場合がありますが、これは押さえつけられ続けた自分の基本的欲求を満たすための行動である場合も少なくはないでしょう。 私は、自由の欲求が一番強く、楽しみの欲求がその次で、力・価値の欲求/愛・所属の欲求/生存の欲求も、人並みかそれ以上にはあるように思います。トータル欲求量というのはどう考えればいいのでしょうか。わがままなのは間違いないとは思いますが。 《2011年2月1日》 やばい風邪気味です。ずっと焼酎のお湯割りにしました。土日ともにしゃべる仕事なので、のどが痛いのがつらいです。 |
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