決裁者がつかまらないということ
コミュニケーション・ツールが私たちの働き方を一新したことは誰も否定できないでしょう。メール、携帯、テレビ電話、これらにより私たちのビジネスのスタイルは20年前とはまったく変わりました。

で、最近、気になることがあります。

これらの情報ツールは、人から判断する、意思決定するという能力を奪っているのではないかと感じることがあります。さらには、考えるという能力も奪っているかもしれません。

私は携帯以前の時代に既に働いていましたが、上司が出張にいった日には、上司に連絡がつかないのは当たり前のことでした。どうしてもつかまえて判断を仰がねばならなかったり、緊急報告をしなければならない場合は、上司が訪問予定のお客様に連絡を入れておいて、上司が立ち寄ったら電話するように依頼するしかありませんでした。でも、相手に迷惑もかかるので、あまり簡単なことではこれはできません。

で、どうするかというと、上司が不在の際に起こったことは自分で判断するしかないわけです。携帯がある時代には考えられないことです(単に携帯だけの問題ではなく、内部統制・リスク管理等の観点から何でも上司に報告しよという風潮になってきていることも影響はありそうです)。

また、営業の最終的な詰めの局面でも似たような話があります。
ターゲット顧客とのクロージングの商談で、あらかじめ上司にかけあって決裁を得た条件よりも××円下げれば大きな契約が転がり込む、なんてことはたまに起きます。こんな時に携帯があれば、ちょっと席を外させていただき、上司に電話を入れて決済を得ることができますが、携帯以前の時代では担当者が腹を括るしかありませんでした。これなら何とか会社の了解を取られる、いや絶対に取ってやると腹を括って、商談をクロージングするわけです。もちろん、断念するという選択をする場合もあります。いずれにしても、担当者が自ら腹を括って決めるのです。

腹を括ってやるわけですから、上司にかけあう時の語尾は「これでやらせてください」です。必死に了解をとります。

最近は風潮として「これでやらせてください」ではなく、「どうしましょうか」「考えたのですが確認してください」という決裁の仰ぎ方が増えてはいないでしょうか。

決裁権のある人に簡単に連絡がついてしまうことにより、個々の担当者がギリギリの判断をするという経験をする機会を失ってしまっているように思えます。そして、そういう機会を得られなかった(練習をしてきていない)担当者が決裁者になったとき、その決裁者はギリギリの意思決定をできるのか、これが最大の心配ごとではないかとも思います。

《2010年12月19日》 今年もあと12日、やること多すぎ。ふと立ち寄った書店で、素敵な本に出会う幸せ。アマゾンだけではやっぱり人生が浅くなりますねぇ。


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