記憶の外部化に想う
1980年代の特に前半は吉祥寺、下北沢に頻繁に出没していました。

吉祥寺にルシールという普通の喫茶店がありました。大勢でいっても入れるのが最大の利点で、よく井の頭公園のコート取りの抽選のあとでサークル仲間でだべっていました。吉祥寺には味のある素敵な喫茶店がたくさんあったのですが、そういうのとは違うほんとに一般的なお店です。

でも、すごいウエイトレスがいました。多い時は20名くらいでなだれ込みます。そして、1人ひとりが勝手なオーダーをします。それをメモもせずに見事に記憶するのです。プロフェッショナリズムを感じさせられました。

当時は広尾に住んでいました。今は恵比寿にある「香月」は、渋谷と恵比寿の間の渋谷橋の明治通り沿いにありました。背脂ちゃっちゃっ系の元祖のような店です。そして、この店、ラーメンにトッピング文化を広めた店の元祖の1つでもあります。いつも超混雑していますが、眼鏡をかけた店員さんがオーダーを取ってくれていました。私が好きだったのは、コンブとバターのトッピング。次から次への多種多様なトッピングのオーダーが入るのですが、彼はメモももらずにすべて完璧に記憶します。本当にプロフェッショナリズムを強く感じさせられました。

今、外食産業にはこの手のプロフェッショナルはほとんど見掛けません。

カフェチェーンではカウンターでオーダーを客がするためにオーダー取りという仕事はなくなりました。ファミレスなんかでは、手元の端末にオーダーを入力しますから、記憶の必要もありません。ラーメン屋もどうでしょうか、全体の6~7割は自動券売機を導入していますね。食品衛生的にはとてもいいことでしょう。トッピングも自動券売機で購入します。

自分が記憶している電話番号がいくつありますか。

私ははずかしながら、会社の電話番号も記憶していません。でも、社会に出て初めて担当したお客様の電話番号は記憶しています。何度も何度も公衆電話からかけたために、身体で覚えてしまっているのです。

携帯電話が出現して以来、人は電話番号を記憶するという修行から解放されました。モバイルPCやスマートフォンの普及により、私たちにとって記憶を外部化することが当たり前になってきています。これは人類としての進化に他ならないのですが、ひょっとすると退化の始まりであるかもしれません。

ヒトという生き物は、もともと知能的ではなかったのだけれども、脳という生き物が人の中に寄生して、いつしかそれが合体することによって、今の知的生物である人が生まれたというSF小説家がありました。今、起こっていることは、まさにこの逆であり、人の脳にあった記憶という機能が外部に置き換わりつつあります。そして、それは記憶にとどまりません。

誰の周りでも何気なく起こっていることですが、人類史的にすごいことが起こっているのかもしれません。

《2011年2月17日》 またまた新幹線で大阪入り、前泊人生が続きます。かなり腰痛しんどい。


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