学習とは困難や葛藤を秩序化するプロセスである
ちょっと前になりますが、月曜日に「学びYA」という勉強会がありました。

これは、慶應義塾大学丸の内シティキャンパスで開催されていた東京大学中原淳先生の講座「ラーニングイノベーション論」一期生のOBOG勉強会です。今回は、事務局のはからいで二期生も加わっていただき、素敵な学びができました。

このメンバー、ある意味、学びのプロだと感じました。学び自体を楽しむことができ、自ら楽しい学びを仕掛け・仕込むことができ、そしてその内容も高いレベルと気づきをもたらし、個人個人の仕事にフィードバックされます。さすが、ラーニング・イのベーターです。

今回の幹事が用意したテーマは、東京と地方の学びの違い。この2つの関係は、本社と現場、親会社と子会社、本店と支店、主流部門と傍流部門、いろいろな置き換えができます。メンバーの中に1人、沖縄に転勤した人がいて、彼がDVD出演してくれて見事な問題提起をします。そしてグループ討議。さらにグループ討議終了後は、サプライズ企画として沖縄とライブでつないで質疑・討議を行いました。ネットが地方と東京の距離感を変えることも自然と実感できる仕掛けです。

いつものことですが、最後に中原先生の素敵極まりないラップアップをいただけるのですが、その中で語られた学習の定義には、なるほどと改めて感じました。

「学習とは困難や葛藤を秩序化するプロセスである」。
つまり、まずは困難や葛藤がなければならない、そしてそれを秩序化したいという思いがなければならない、ということになります。私たちが人材育成を考える場合、困難や葛藤を健全に持ってもらう必要があるわけです。ラーニングイノベーション論的には、この困難や葛藤を「もやもや」と称することがありますが、ある意味ではもやもやをすっきりと自らすることが学習なのかもしれません。「もやもや」を作るような、ゆらぎや揺さぶりをするのが、人材育成担当者のまず最初の仕事なのかもしれません。そう、初めからすっきりとしていては学びは起こりません。

こんなことを書いていて改めて思い出すのが、立教大学の渡辺美枝子先生の叱責の言葉。

昨年受講していたキャリアカウンセリング協会のスーパーバイザー要請講座の終盤の会で、「まだもやもやしてるんです」という話をしたメンバーに対して、安易にもやもやなどという言葉を使ってはいけない、と厳しくおっしゃっていました。

今から考えると、スーパーバイザーを志してここまでしっかりと学習してきた立場の人間が、安易に「もやもや」という言葉は使わない、そろそろそのもやもやを自分の中ですっきりしなければならない段階ではないか、という意味だったのかもしれません。そう、講座も終盤になり、先生は我々の成長度合いに非常に関心をもたれていたのでしょう。そろそろ私たちの中で「もやもや」が秩序化されている姿を期待していたのでしょうか。

《2011年3月4日》 本日で全国行脚終了です。



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