東京と地方の学び
このブログでは記憶(記録)にとどめておきたい学びをランダムに記しているので、日々、時系列が前後しますが、今日はまた先週月曜日の「学びYA」からです。

東京と地方の学びをテーマにしたのですが、そもそも地方の学びってあまり話にのぼることがありません。中原淳先生は「経営学(学問)の偏り」と称して、大企業中心・正社員中心・中央中心の3つの中心を指摘されました。これは実に顕著です。また、これは学問だけでなく、マスコミ等の興味の対象も同様であり、かくして学生の志望先も大企業中心に陥るのも無理がないところです。

で、今回はそんな地方の学びをテーマ化しました。実はかなり遅刻して到着したので、正しいレポートにならないところはあるのですが、当日は昨年転勤して沖縄在勤のメンバーが、DVDにて問題提起をしてくれました。

前提として、地方は東京よりも学びに満ちていないという認識があるわけですが、これはそうかなぁと確かに感じます。これは機会が少ないということもありますが、あまり必要性が大きくないという面もありえそうです。

先日書いたとおり、学習の定義を「困難や葛藤を秩序化するプロセスである」という視点からとらえると、地方ではこのニーズに乏しいのかもしれません。また、学習による挑戦、向上という目線が求められていないのかもしれません。

この東京と地方というのは、本社と支店、親会社と子会社、総合職と現地採用一般職にもあてはまる図式です。なぜ、総合職の人に比較して現地採用一般職の人は学習しないのか(もちろん全員がそうではないのはいうまでもありませんが)、という問いと重なります。逆に場が少ないからこそ、学習に飢えている人もいるかと思います。中原先生のユーストリーム中継なんかには、かなり地方からの視聴者が集まるようです。さらには、地域性、県民性ということもあるでしょう。

単純な図式ではありません。

私たちは東京で働いている限りは、東京の目線でしか物事をみることはなかなか困難です。そんな際に1ついえることは、自分が東京の目線で見てしまっている可能性があるというセルフアウェアネスを常に持つことと、ステレオタイプな目線で地方を一括りにみないということでしょう。3年間だけですが子会社に出向して、私自身にもとても多くの学びがありました。これはそんなセルフアウェアネスを自分なりに少し持てていた結果だと勝手に自負をしています。

《2011年3月7日》 慶應MCCでお世話になっている精神科医のN先生と会食。最近知り合ったお仲間も2人お連れいただき、メンタルヘルスや特例子会社の話など。私たちとしては、何か新しいモデルをしっかりと作りたいとの思いがあります。それによって少しでも世の中を変えたいと思いますが、N先生に成功モデルになっていただくことによっても、世の中は変わるのではないかと改めて思いました。もちろん、人ごとではなく、こちらも一緒に頑張ります。


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