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内定者教育について②~社会に出て最初にぶつかる3つの壁
昨日の続きで、HRカンファレンスでの「内定者教育」についてのお話です。細かくは振り返りませんので、詳しくは昨日のブログを読まれてから、ご覧いただけると良いかと思います。

「内定時期」には2面性がある。

①16年間にわたる学生時代の最後の半年間
②これから何年も続く社会人になる直前の半年間


という定義のもとで思考を始めているのですが、私が初めて新卒採用・内定者教育・新入社員研修をやっていた時期では「①16年間にわたる学生時代の最後の半年間」を重視して、内定者教育は最低限にして、大学生活という理想的なモラトリアム時期(あえて使用していますが、モラトリアムという表現は誤解を受けるかもしれません。震災後に卒業式を失った高校3年生へ送った立教新座高校の渡辺校長のメッセージがまさに私のいう理想的なモラトリアムをいっています)を最も有意義に過ごしてもらうことを意識していました。

ですが、今はこの方法をとることは、ほとんどの場合に対して正しいとはいえません。

学生から社会人になるというのは、人生における最大の不連続的断層だといえます。そして、多くの学生・新入社員が様々な壁にぶつかります。

最大公約数的に「社会に出て最初に出会う壁」について、以前から私は以下のような整理をしています。

「社会に出て最初にぶつかる3つの壁」

①リアリティ・ショックの壁
②曖昧な基準の壁
③多様な価値観の壁


これらの壁には、程度の大小はともかく全員がぶつかります。以前にこのブログでも書きましたが、簡単に3つを説明してみましょう。

「①リアリティ・ショックの壁」とは、「こんなはずじゃなかった」という奴です。いつの時代も新入社員の早期退職理由の第1位は「こんなはずじゃなかった」です。これを回避するには、主に2つの方法があります。

1つはいわゆる「RJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)」のように可能な限り、リアルな現実を就職活動時期、内定時期に伝えることです。採用活動では以下に現実をみせるかに腐心する必要があります。綺麗なところだけみせるのは、双方にとって哀しい結果を招きます。私は新卒採用担当者に対して、全員が「当社に対する志望度が高まった」とアンケートに書いてくるようなセミナーは絶対にやるなといっています。どんな素晴らしい会社でもリアルな実態を伝えると、すべての人にとって良い会社ではないはずです。人によって向き、不向きがあるはずです。ですから、なるべき向かない人が志望度を下げられるような説明を会社説明会ではしなければなりません。もちろん向く人には志望度が高まるような説明があってこそのことです。ですから、ほとんどの学生の志望度が高まるセミナーは、極論すれば失敗したセミナーなのです。

「こんなはずじゃなかった」を回避するもう1つの方法は、世の中が「こんなはずじゃない」という当たり前のことを認識させることです。採用プロセスで出会ったわずかに20~30名の人をみて、素敵な先輩ばかりいる会社と思い込んで入った会社であっても、最初の配属先の隣の席で絶対に好きになれないタイプの先輩がいるかもしれません。1000名の会社に入る場合、入社前に1000名全員とは会うことはできません。たまたま会った先輩は素敵だったけど、気の合わないタイプの人が山ほどいる可能性もあるのです。就職活動で知ることができるのは、その会社のほんの1%程度でしょう。わずかにそれだけの材料で大きな決断をしなければならないのが就職活動なのです。ですから、すべてが「こんなはず」になるわけがなく、ほどよくやってくる「こんなはずじゃなかった」と戦い抜くだけのしっかりとした「決断」をして飛び込まなければならないわけです。「こんなはずじゃなかった」を楽しめるくらいの気概があれば、もう怖いものはありません。このことを早期から繰り返し、繰り返し伝える必要があります。

「②曖昧な基準の壁」は、たぶん社会と学生の最大の違いだと思います。特にここ最近、大学以前の世界ではどんどん曖昧さが失われています。授業が時間割りとおりに進むのは当然のこと、仔細に渡るシラバスが配布されますし、試験範囲は明示されますし、何点以上とれば単位取得かも明示されたりします。当たり前ですが単位をいくつ取れれば卒業できるかも明示されています。大学受験にしても、偏差値でおおよその合格水準が想定できます。何かにつけてクリアで明確なのが大学までの世界です。

これに対して、社会は「曖昧さ」に満ち溢れています。入社当時の研修時期は別として、仕事に時間割りなどありません。シラバスだってありません。マニュアルだって(たいていは)いい加減です。労働関連諸法規完全準拠で動いている職場もないでしょう。商談にいってもこの社長は何をすれば商品を買ってくれるのか基準など明示されません。それどころか、誰が購買の決定権をもっているのかもわかりません。昼休み時間以外はいつトイレにいけばいいのかわかりません。先輩によっていうことはころころ変わります。上司がよいといっても、その上の上司は駄目だといったりします。上司は仕事の期限も品質も明示しません。何にしても基準は明示されず、また日々それは移ろっていきます。この感覚にどうついて行けるか、これがこの「壁」です。

少し余談になりますが、就職活動というのも学生からみるとかなり「曖昧」なものです。どんなエントリーシートを書けば通るのか基準は明示されません。面接で聞かれることの範囲も提示されません。本当に何人に内定を出すつもりなのかもわかりませんし、企業の採用活動スケジュールの詳細自体も明示されません。ものすごく曖昧な世界です。
以前には私はこれってちょっとアンフェアだよな、企業も基準を明示するべきだよなと思っていた時期もありました。しかし、曖昧な社会に入ってくる入口である就職活動が、社会の基準で行われるのはおかしいことではないでしょう。つまり、曖昧な就職活動というのは、社会に出るための就職活動にはふさわしいのかもしれないと最近は感じています。就職活動で曖昧さに正面から普通に立ち向かえるか、明確さを求めて就職活動テクニックに走ってしまうか、これは大きな分かれ道かもしれません。
なお、最近では「曖昧さ」に「理不尽さ」を付け加えることもあります。これは慶應義塾大学の花田先生のフレーズですが、かなり強烈な概念ですので、相手によってそのまでいうかいわないかは使い分けています。

「③多様な価値観の壁」については説明の必要がないでしょう。比較的同質的な仲間との生活が多かったであろう大学生活までと社会との明確な違いですね。

さて、「社会に出て最初にぶつかる3つの壁」の説明で膨大な文字数を費やしました。

この「社会に出て最初にぶつかる3つの壁」というのは、かなり普遍的な気がしています。程度の大小は別にして昭和の世界でも似たようなことはあったように思います。そして、これが非常に大切なことなのですが、これらの壁は、学生生活をきちんと送ることによってかなり低くすることができます。大学生活における初期キャリア教育では、これらの壁を理解させ、壁を低くするための活動を促進させるべきだと思います。それこそが生きるためのキャリア教育です。また、良い就職活動も実はこれらの「壁」を低くします。さらにいえば、「壁」を低くできそうな人は、企業が欲しがる人材でもあります。

それでも「壁」は立ちはだかります。そこで新入社員研修の出番です。新入社員研修では、これらの壁を低くするために様々な工夫を凝らします。もちろん、ある部分については採用活動、内定者教育の中でも強く意識をする必要があります。特に「①リアリティ・ショックの壁」については、繰り返しになりますが採用活動、内定者教育の役割が大切です。内定者教育では、営業同行や社内でのアルバイト経験の斡旋などが有効に感じます。

ただし、最近では「社会に出て最初にぶつかる3つの壁」以前につまずく内定者・新入社員が少なくないことをここ数年は痛感しています。これについては、あまりに長くなったので明日にします。

《2011年5月29日》 1980年制作の映画「有意水準はゼロじゃない」を観ました。映画の舞台は2008年、もう3年前なのですね。映画のクオリティの高さには驚かされます。あの時代にここまでのものを創っていたとは。ただし、興味をもってTSUTAYAに走ってもありませんよ。


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