会社組織への過剰適用人材を生む新卒一括採用というもの
金曜日だったでしょうか。脳科学者の茂木健一郎氏がツイッターで日本の新卒採用についての連続ツイートをされていました。こういうの引用してしまっていいのかどうかわからないのですが、リツイートがいいのだから同じようかなことかなぁと思ってまずは引用します。


(1)震災以降、くやしい思いがある。これをきっかけに日本が変われないとしたら、一体いつ変われるのか? どんなに慣性が重いとしても、日本が良くなるために自分が必要と信じることを、理を尽くして説き続けるしかない。ドンキホーテでもいいやね。

(2)日本人は、子どもの頃からずっと「首輪」をつけて生きている。組織に「所属」するという申し送り事項。「履歴書に穴が開く」ことの恐怖。フリーランスに対する差別。そのことが、ネット文化やグローバル化に対する不適応と、深いところで関係している。

(3)大学生という「首輪」から、会社員という「首輪」へと、「空白」なく送り込まれていく新卒一括採用という制度。何度でもしつこく書くが、国際的に例を見ない愚行である。人権的視点から見ても、日本の恥。この愚鈍な制度を放置している限り、日本の経済界に正義も未来もない。

(4)そもそも、企業は利益を最大化するために合理性を尽くすものではないのか? 組織の人員の構成について、合理的な判断を積み重ねた時に、「卒業見込みの者に限る」という結論が出てくるはずがない。そのような採用政策では、従順な者しか集まらない。人材の多様性が失われる。

(5)日本企業が、iPad やiPhoneのような画期的な新商品を作れないことと、新卒一括採用の愚行は関連している。与えられた枠に対する過剰適応の人材ばかり集めていれば、入れられた水槽の中でいかに泳ぐかという技しか生まれない。結果として、縮小再生産となる。

(6)大学卒業後、ギャップ・イヤーで世界を放浪してきたような人材を、なぜ客観的、正当に評価して、活用できないのか。結局、日本企業の人事担当者は、自分たちには他人を評価する能力がないと認め、その状態を放置しているということでしかない。

(7)新卒一括採用の愚行は、そのベルトコンベアに乗った学生には、文脈への「過剰適応」の罠を用意する。そこから「外れた」学生には、規格外の烙印の哀しみと、生活の方法が見つからぬという困窮を押しつける。結果として社会全体に萎縮効果をもたらし、日本の縮小再生産につながる。

(8)日本企業の採用の実情を聞くと、つまりは18歳の時にどのような入試を通って大学に入った学生か、ということにしか関心がないのだと聞く。その程度の人間観、能力観でしか人材を見ることができないという点に、日本企業の限界がある。国際資本主義の激烈なる競争には勝てぬ。

(9)ネットの登場によって、ゲームのルールが変わった。日本企業による新卒一括採用は、新しい世界ではもはや通用しない愚行であり、日本の停滞の戦犯である。愛する日本がこのまま没落するのを座視しているのは忍びない。理を尽くして訴え続けていきたいと思う。


最近、新卒採用をやっていて、どうもお互いにどんどんつまらない方向に向かっているなぁと感じるようになっています。今の新卒一括採用が、会社組織への過剰適応人材を集める(そして創る)結果となっており、それが最終的には組織における縮小再生産が生んでいるという指摘は、そのとおりだと思います。組織社会化はある程度必要ですが、過剰な組織社会化がその組織を縮小再生産させるというのは、とても実感できます。また、既得権益層にとっては組織の縮小再生産は実は楽で安泰なものなのであったりするところが、危険なところです。

新卒一括採用という言葉を単純に分解すると、新卒採用と一括採用に分かれます。何となく新卒一括採用は良くないという話になると、新卒は駄目だねと短絡的になりがちですが、駄目なのは「一括採用」の方であり、その担い手はすべて企業と就職ビジネスのプレーヤーたちです。ある意味、学生には一義的な罪はありません。ですから「新卒一括採用」は駄目だよねという議論が、今の学生はだいたいね…になるのは避けなければなりません。

そもそも4月に一括して採用するのが「一括採用」ですが、入社時期だけではなく採用手法自体がどんどん「一括」になってきているのが、採用がつまらなくなった理由です。

実は「一括採用」強化の背景にはインターネットの一般化があります。WEB上でのエントリーシート提出や、適性テストができるようになることによって、ものすごくマスでの採用管理が容易になりました。学生も実に多くの企業にプレエントリーができます。企業は数万という母集団を顔も見ずにデータでセグメント化することができます。数万人のエントリー者を適切に扱えるだけの新卒採用担当を配置できている企業はほとんどないでしょう。そうなると、多くの企業では初期段階では、1人ひとりを人としてではなく、データとして扱わざるを得なくなります。これが一括採用の成れの果てです。

しかし、この状況を変えるのも、おそらくまた、インターネットです。

今年はソーシャル・リクルーティング元年です。WEBは次の時代に既に入っています。これまではWEBの大量性・一括性が採用活動・就職活動に大きな影響を与えてきました。確かに採用コストは大幅に下がりました。

でも、今年は少しスイッチを切り替えてもいいんじゃないでしょうか。というか、切り替わりますよ。

~~途中から話がそれました。今日、いいたいことはこういう結論じゃなかったんだけど~~


《2011年6月19日》 午後にキャリアデザイン学会の会議に出たものの、昨日から今日にかけては膨大のリストの付け合わせ作業です。やはり何事もデータ化しないと、チェックというのは大変だということにあらためて気づきます。


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