Learning Barは死んだ?
先週の土曜日の「PARTYstream for Japan」すごかったみたいです。

いけなくて残念でしたが、あとから文字で1人で味わいました。文字だけから入ってくるイメージもまた斬新です。文字だけでもものすごいパワーを感じますから、現地の熱気はすごかったのではないかと思います。

気になる方はまとめサイトをまずはご確認ください。

文字から感じたパワーについてだけでも、何日かにわたって書けちゃうかなと思いますが、まずは何といっても、中原先生の「Learning Barは死んだ」というお言葉について、ちょっと勝手な話を書こうかと思います。既に日曜日の深夜、FBにコメントしちゃいましたけど。

「知がめぐり、人がつながる場のデザイン」のインタビューをされたときから、もうLearning Barは開かれない可能性が高いなぁと感じていましたが、たぶんそれは現実になるのかもしれません(10年後にリバイバルでやるなんてのもいいですね)。

私は比較的早いうちからのLearning Barのリピーターですが、初めていった時、その次にいった時などは、本当に純粋に面白くてたまりませんでした。そして、毎回毎回新しい人と出会い、その流れで飲みに行く。次に前回一緒だった人の知人も一緒になったり、Learning Barの日を離れても会うようになったり、また講師陣との垣根も低く一緒に繰り出したり…、そんなのが楽しくてしかたがありませんでした(もちろんコンテンツ自体もですけど)。

飲食を提供するという手法も、周りの人とダイアローグする仕掛けも、まだけしてメジャーではなかった中原先生も、一味違う講師陣も、みんな素敵に怪しく、ちょっとアングラっぽい魅力もありました。それを東京大学の教室でやっているというズレ加減がまた素敵でした。

そしてLearning Barは成長を続けます。まさに時代が求めていたのだと思います。今やLearning Barもどき(ほめ言葉です)のワークショップが乱立しています。普通のセミナーでも、周囲の人と名刺交換してくださ~い、なんていうLearning Bar的な仕掛けを臆面もなく最初に取り込んでいます(これもほめ言葉です)。いまや純粋導管教育的セミナーは天然記念物的存在になりつつあります。

Learning Barに行けば、Learning Barを求めている人が集ってくるようになりました。いつの間にか知っている人も一杯になりました。皆、Learning Barの趣旨を理解して、それを楽しみに来ているので、斜に構えてかかったり、つっかかってきたりする参加者はいません。ひいきのミュージシャンのコンサートに来ているような乗りです。ここではどう行動するのがいいのか、皆がわきまえています。Learning Barでは、企業・学校等のいくつかのセグメントに分けて参加者抽選をしているといいます。これはいうまでもなく多様性を担保するためです。多様性に満ちて、ちょっとした違和感を感じて帰る(それを外で語る)、それがLearning Barの醍醐味でした。

そんな中、特に学生の皆さんのもの凄い努力により、Learning Barはまだまだ成長していきます。でも、綿密に練れば練るほど、どうしても予定調和的な感覚がリピーターには残ります。企画としてどんどん洗練され、素晴らしくなっていきます。来た人のすべてが楽しめる本当に素敵な企画になっていきます。

たぶん、中原先生もそんな成長したLearning Barにわくわくしなくなってきたのでしょう。リピーターとしても同じでした。中原先生は常に新しいことを、1つ先の次を求めている方だと思います。その意味ではLearning Barはよくあれだけ続いたと思います。

中原先生はLearning Barは死んだといいますが、Learning Barは完成されてしまったということなのだと思います。完成されたもというのは、現状維持的な感覚で接すれば、まったりと気持ちのいいものですが、心からのワクワク感を与えてくれません。そして、311以降の世界で、多くの善意の人は現状維持的な思想から何とか抜け出したいと思いつつ、それとは逆行しかねない日本の実情に哀しい思いをしています。でも、本当に善意の人は自分達のできるところで、何とか何かをしようとしています。そして、PARTYstream for Japanというすごいイベントも生まれました。Learning Barはあまりに完成されてしまったため、構造として内包していた「多様性の高い場」「違和感のある場」という要素が、Learning Barを楽しみに集った人たちという「同質性」に覆い包まれてしまってきたのかなと思っています。

中原先生が慶應義塾大学丸の内シティキャンパスで担当されている「ラーニングイノベーション論」。同じことを続けるのが好きでなく、超多忙になってしまった先生を考えると、第3期はないなと思っていましたが、それを裏切って第3期の真っ只中です。
たぶん第3期が生まれたのは、事務局のホーヤさんの力ももちろんですが、第2期の皆さんの活動が中原先生に何かの期待感を呼び起こしたんだと思います。いまや学びは双方向性であるのは当たり前になっています。第2期生をみていると、さらにはあちこちに発信源があり、その発信源が同心円状に学びが拡大して、隣の同心円と錯綜して…といった図式が思い浮かびます。

ただその反面、こういった流れの延長上で学びが自己目的化しかねないことも危惧しています。私たちは、学ぶために生きているのではなく、生きていくために学ぶのです。中原先生のラップアップの力は神の域に達してると最近思いますが、おそらくPARTYstream for Japanでもその力を惜しみなく発揮されたのかと思います。単に学びの場を提供するのではなく、学びの文脈を整理して、何か参加者が変化を得るための一助をできることが、ラーニング・イノベーターの必須条件のように感じています。

背景がわからない方には大変、理解しにくい中味になったかもしれませんが、お許しください。

Learning Barと中原先生に改めて御礼を申し上げたいと思います(あと、勝手なことを書いてすみません)。
私たちもさらに次に進む努力をしたいと思います。


《2011年6月21日》 今朝、大阪駅構内を8時前にふらふらしていたら、作家:山下太郎氏にばったりと会いました。こりゃ確率論的にはなかなか凄い偶然です。山下太郎さんとは来月、京都でご一緒させていただく予定です。


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