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アイデア・技法というのは人類全体の所有物なんだ
【fʌ'n】の第2回目「学びの場・教材のデザインと著作権に関する研究会」での福井健策弁護士のお話について、2日間に渡って整理して書き残しておきました。

今日は少し感想です。

著作権法は1970年にできた法律だそうです。まだ、コピー機というものもパソコンも普及していない時代のことです。当日と今では、ものを複製するという技術も容易さも雲泥の差です。まず感じたのはそのことです。今は容易に寸分たがわないものを作成することができてしまうわけで、こういった時代の著作権の難しさということがさらに今後出てきます。網膜にカメラを埋め込んで、まばたきをするたびにすべて視野に入ったもののデジタルコピーをとることができるなんてことにもいずれなります。さらにより創造を超えた事態も起こってくるはずです。

あと、もう1つ印象に残ったのは、著作権法のある意味、ふとっぱらの思想です。アイデア、企画案、技法といったものは著作物として認めないというスタンスなわけです。結果として、研修ベンダーの資産はほとんど保護されません。仔細に書き込んだツールや明確に記述されたマニュアルというものは、その対象となるのでしょうが、その根底にある技法、アイデアは保全させないわけです。

この思想の根底には、アイデア・技法は個人に属するものではなく、人類に属するものだというものがあるように感じられました。誰かが発案したアイデアをその人個人に属させるのではなく、皆で使う、そしてアイデアに接ぎ木をして、さらに新しいアイデアを生む、そして人類全体が豊かになっていく。著作権法はそんなことを求めているのではないかと感じました。ちょっとリナックス的な感じがいますが、実は学びの本質もそこにあるのではないかと思います。

誰かが何かを学ぶ、学んだことを自分だけのものにせずに、誰かに伝える。新たな学びの場を自らも創造する。誰かが非常によい学びの方法を考案する。それを用いて素敵なワークショップをやる。それに触発された参加者が、少しやり方をパくりながらも、自分のオリジナリティを入れ込んだ次のワークショップを生みだす。そうして、学びの場と学びの輪が拡大していき、それが世界中を覆い尽くす。こういった循環の足かせとならないように著作権法ができていると考えるのは、もちろん拡大解釈に他ならないのですが、なんかとてもロマンチックな法律だなぁという感じがして嬉しくなります。

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【2012/02/13 23:55】 | HRM全般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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