モチベーション維持・向上の役割が個人に移ることにより…
メンバーのモチベーションは企業の最大の財産だともいえます。ですから、企業はモチベーションをマネジメントしようとします。20世紀の日本企業がとった年功序列賃金も、社宅制度も、家族的な職場風土も、社内預金制度も、究極的にはそれがメンバーのモチベーションを維持・向上するために有効だと認識したからこそ、投資したものだと考えられます。そういう意味では、いにしえの時代には、モチベーションは会社が管理できるものだったと考えられていたのです。

しかし、現在、この関係は完全に壊れています。この崩壊の理由はしばしば成果主義に求められます。それはそれで正しいとは思いますが、もう1つの要因としてライフスタイルの多様化に起因する価値観の多様化があげられると思います。働く旦那+専業主婦+子供2名という標準世帯モデルが壊れたことにより、画一的なモチベーション訴求施策はとれなくなったわけです。

そんな中でも心ある企業や、新しい企業群は別の形でメンバーのモチベーションを維持・向上しようと努力してきました。ただ、誰しもが企業がモチベーションの丸が抱えをすることなんかできないということには気づいてきました。

つまり、モチベーションを維持・向上させる機能の主体が、企業から、従業員個人、私たち自分たち自身に移ったのです。

これはここ数十年間に人事の世界で起こった最大の変化かもしれません。

これに適応できない人も多数生まれました。自分の心の居場所を失い、そしてメンタルの体調を崩していってしまう人の増加もこの文脈からも語れるでしょう。

個人でモチベーションをマネジメントする場合、その対象は会社だけではなくなります。会社での生活で十分なモチベーションを得られないのであれば、他の部分で得る必要があるわけです。極端なワーク・ライフ・バランス論や、個人主義の台頭もこの文脈で語れるように思います。

新たな形のハードワーカーも多く生まれています。しかし、企業はそれらの人に十分なモチベーションを既に与えられません。といいますか、それらの人は企業が与えるモチベーションだけではとても満足できません。そして、外にも出ます。ワーク・ライフ・インテグレーションという概念や、越境学習という行為も、この文脈で語ってみることができそうです。キャリアというものがこれだけ関心を浴びているのも同様かもしれません。

人はなぜ「越境学習」をするのかということをぼんやり考えていたら、こんな話を思いつきました。「越境学習」に自らのモチベーションの維持・向上を求めている人は少なからずいると思いますが、その因果を逆にして考えてみたら、こんな話になりました。まだまだ整理のたりない未熟な考え方ですが、また時間をみてさらに整理をしてみます。

モチベーションを維持・向上させる機能の主体が、企業から、従業員個人、私たち自分たち自身に移ったことこそ、ここ数十年間に人事の世界で起こった最大の変化という切り口は、ちょっと気に入りました。

《2012年4月2日》 入社式です。こちらの背筋が伸びます。すごくいろいろなことを考えました。

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【2012/04/02 23:22】 | モチベーション | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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