「かつての枠組み」の「原体験」を超えて
金曜日にあったインテリジェンスHITOフォーラムで、IMD日本代表の高津さんが素敵な話をされていました。

何よりも世界が急激に変化しています。それに私たちはどの程度、対応することができているのでしょうか。時代が変わったにもかかわらず、「かつての枠組み」が「原体験」として、自分たちを支配してはいないでしょうか。

そんな人たちが、まだまだ政治・経済・社会の中枢にいるので、日本は何も変われないのかもしれません。変わってしまったことを直視せずに「かつての枠組み」の「原体験」にぬくぬくと支配され続けることをよしとしているのが私たち世代かもしれません。

そんな私たち世代のマスコミが紡ぐ言葉、「閉塞感に満ちた日本」。人口が減り、右肩下がり、内向き、政治の停滞、うつや自殺の増加、確かにこれらの現象をみれば「閉塞感」という言葉に行きつくのは自然かもしれません。ただ、このように変わってしまった世界の中で、「かつての枠組み」を維持しようという強引な発想がその「閉塞感」の前提にあります。

旧来的マスコミである新聞やテレビが、インターネットの世界で「閉塞感」を感じるのは当たり前です。変化に対応ができていないからです。「かつての枠組み」での「成功体験」があまりに強すぎて、その「原体験」をアンラーニングできないわけです。

ある若者が高津さんに真顔で聞いたそうです。「閉塞感って、なに?」と。

そう、新しい枠組みに生きるヒトにとっては、今は「閉塞感」に溢れた世界ではないのです。複数の名刺を持ち歩き、起業やNPO立ち上げをしなやかにこなし、真っ先に被災地に飛び、朝の読書会参加など組織外で学ぶことが普通になる、そして徹底的なデジタル・ネイティブ。けして、今の日本は豊穣な土地ではないかもしれませんが、少なくとも「閉塞感って、なに?」といえるだけの、新しい魅力、やるべきこと、そんなものがたくさんあります。これが数10年前の「原体験」の中で生き続けているとわからないのです。

高津さんは指摘します。「フロンティアに立つこと、は本来、エネルギーの源泉」であると。
そう、自分自身がフロンティアに立っていれば、閉塞感など感じないのです。戦後の苦難の時期を超えたあと、私たちの先輩たちはフロンティアに立ち続けて今の日本を創ったのです。

新卒採用面接をやって、今の若者は内向きだとか、自律できていないとか、質が下がったとか、したり顔で語っていて自らの力不足を責任転嫁している大企業の新卒採用担当者の皆様(いうまでもなく自分も含めていっています)。「閉塞感って、なに?」といってのけることができる若者って、結構いますよ。ただ、そんな若者が、数10年前の「原体験」の中で生きているような企業の面接になんかもうこないというのが、現実なんじゃないでしょうか。

数10年前の「原体験」を抜け出すのはとても大きな痛みを伴うんでしょう。でも、私たちの「原体験」の象徴でもある東京タワーからスカイツリーに東京の代表選手が変わる今年、ちょっと何かをやりましょう。

《2012年5月15日》 あのあと、ラーメン食いました。
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【2012/05/15 23:55】 | HRM全般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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