役職定年~制度か運用か~節目~学び直し~越境学習
ソニーが役職定年制度を再導入するという記事がありました。

ソニーは、年功、年齢にとらわれずに個々人の役割と力量を重視する人事制度を2000年に導入した際に、一旦は役職定年制を廃止していました。確かに、能力主義や成果主義と、年齢基準の役職定年制は矛盾する制度です。極端な話、定年制すら矛盾します。その意味では当時のソニーの判断については「やるな」と感じていました。

しかし、来年4月からこれを復活させるそうです。

幹部社員の高齢化が進んでいるため、組織の若返りと社内の活性化を狙うというのが理由として挙げられていますが、対象者の他社への転職支援等も視野に入っているようです。事業部長以上で57歳、統轄部長で55歳、担当部長や統括課長で53歳が役職定年年齢だといいます。統轄部長だとか担当部長だとかと聞くと、結構組織が重層化していて大変そうだなぁという様子が伺えます。

以降、ソニーの例を離れて一般的な話です。

ある意味では、役職定年制度というのは、運用で改革をすることを放棄すると宣言する制度です。役職定年制度なんかなくても、確固たる意志を持って運用をすれば、事業部長以上57歳、統轄部長55歳、担当部長や統括課長53歳で、役職を外すことは可能なわけです。でも、役職定年という大義名分がないと、なかなかそれができないということです。

制度でやるか、運用でやるか、これは難しい話です。

制度でやる利点は、明確なメッセージ性を打ち出せること、比較的運用の徹底が容易であること、そして傷つく人が少ないことでしょうか。「君には来年の4月で事業部長をやめてもらいたい」というよりも、「君にはもっと事業部長を続けてもらいたいのだが、役職定年制度上、来年でやめてもらわざるを得ないんだ」という方がとても引導を渡す上司としては楽です。こういった大義名分がないと、なかなか運用が徹底できないということが現実には間違いなくあります。でも、ほんとはその気になれば、制度なんかなくても同じことはできるわけです。ただし、運用で実行することには、なかなかシビアなものがあります。でも、本来「個」をみる人事制度というのは、そういうシビアなもののはずです。

今の時代に役職定年制度を検討するということには、実はもう1つ別の文脈があります。

雇用の延長の問題です。そして、役職につく年齢が弱年齢化している問題です。例えばソニーの平井社長は52歳です。以前の日本の大企業の社長といえば、還暦を超えた人がなるものでした。これが50歳代、40歳代に移ってきています。この動きは加速することでしょう。それに対して、雇用は65歳まで延ばされます。いずれはこれは70歳にまでなるでしょう。これはどう考えても、どこかで人工的に「節目」をつくらなければうまくいきません。

野田佳彦首相が議長をつとめる国家戦略会議のフロンティア分科会が、40歳定年制を打ち出しました。でも、産業界も労働界もあえて黙殺しているような感じがします。40歳定年制がいいのかどうかは別として、「節目」をつくれない企業も個人もおそらくいずれは不幸なことになるのではないかという気がします。この部会の座長を務めた東京大学大学院経済学研究科の柳川教授は「社会の変化が早くなっているので、(40歳で)学び直しの機会が必要」と主張されているといいますが、まさにそのように感じます。学び直しもしない人が、そのまま企業に居座って出世してしまうような組織にはイノベーションは期待できません。

ただ、この問題も制度ではなく、運用でも解決可能です。
企業が仕組みとして導入しなくても、個人の努力で解決することは可能です。さらには、同じ企業に在籍し続けても、本人の思いと努力次第では「学び直し」をすることも可能です。ただ、これには非常に大きなエネルギーが必要になります。そして、「越境学習」はこのエネルギーの一つに成り得るのではないかと最近思っています。

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