「明日備(あそび)」としあわせ会
スコラ・コンサルタントの野口正明さんが、ブログでここのところ「明日備(あそび)」について、連続的に語っています。一番最初に「明日備」について読んだのは、スコラ・メールニュースでのコラムなのかと思いますが、まだスコラさんのサイトにバックナンバーが掲載されていないので、野口さんのブログの『なぜいま「明日備(あそび)」か』と語ってる日の分をご覧ください。

そして、今日発売の「企業と人材」にも出稿されているそうですが、残念ながら定期購読していないので、誰かからコピーさせてもらわないとです。

「明日備」という言葉を私は知りませんでしたが、江戸時代から綿々と伝わる言葉のようです。ネットで検索をすると結構、いろいろな方が蘊蓄を述べています。「働く」が「傍を楽にする」から来たのと同様に、「遊ぶ」は「明日備(あそび)」、すなわち明日に備えるから来ているということになるのでしょうか。明日も「傍を楽にする」ことに精を出せるように、その原動力として語らいや芸事に興じる、そんなことです。

さて、野口さんですが、私は一時期、机を並べて仕事をしていました。あの頃のあの食品会社ので一緒に働いていた人は、少数ではありますが、外に出てキラッと輝く仕事をしています(少数というのは、外に出た人自体が少数という意味です…)。

私は28歳まで営業をやり、人事部に移ったのですが、今の自分の基礎のほとんどは20代の営業時代につくられたと任じています。ある意味、質・量ともにハードに働いていましたが、よくよく考えると「明日備(あそび)」の要素に満ち満ちた日々でした。

毎晩、営業から戻った先輩と「残業食」を食べながらするバカ話。今から思うと貴重な時間です。週に何日、社内飲みをしていだでしょうか。牧歌的にしばしば経費も使えました。若いうちから、それなりの店に活かせてもらうのも将来に向けた大切な「明日備(あそび)」だったのだと思います。行ったこともない店で接待なんかできませんからね。いろいろな先輩が仕事帰りに営業車でゴルフの練習に連れて行ってもくれました。これは仕事なのか、遊びなのかの区別がつかない時間帯も実に多くありました。ワークとライフは、バランスをとれるような相対した存在ではありませんでした。仕事の中に遊びがあり、遊びの中に仕事がありました。

月曜日に予定しているセミナーの準備が間に合わないとなると、週末に夫婦で準備に駆け付けたりもしました。そのあとには、先輩が「ご苦労さん」とおごってくれました。別に家族で働く必要なんかないんですけどね。お客様の忘年会などの企画にも、まだ小さい子供まで連れて家族でお邪魔したこともありました。組合主催のイベントも家族連れでした。休日に後輩が尋ねてくるのも普通でした。いずれにしても、家族に対して仕事がブラックボックスになることもないといった効果は間違いなくあったと思います。

あらためて、野口さんのブログから少し引用してみます

『ここで江戸時代にいきなり話を転じたい。当時の日本は経済的には停滞期にあったが、人々はどうも豊かな文化生活をエンジョイしていたらしい。彼らにとっての「働く」とは、「傍(はた)を楽にする」活動であって、人の価値は、地位の高さや財産の大きさよりも、どれだけ人様や世間の役に立っているかで見られていたというのだ。そして、夜はせかせか残業することもなく、明日も傍を楽にする行ないの原動力として、語らいや芸事に興じ、それを「明日備(あそび)」と呼んだ。

私はこれから日本企業が目指す世界はこれだ!と直観した。「明日備(あそび)」を、現代版のビジネスとして再定義できないか。たとえば「明日備(あそび)」を、「明日の準備」と「あそび」の掛け合わせと捉える。組織や事業の未来を創造するための「明日の準備」には、目の前の結果を追いかけるサイクルからいったん離れ、自由に発想し挑戦することに心底夢中になれる「あそび」が必要だ、と私は思う。』

私の捉えている「明日備(あそび)」と野口さんのいう「明日備(あそび)」とは、たぶん少し違う意味なのかもしれません。

昨今、HRの世界で取りざたされている「越境学習」というのも「明日備(あそび)」の1つと考えていいように思います。私は最近はよく「越境学習」の一人者といったようなちょっと不本意(?)な呼ばれ方をすることもありますが、「明日備(あそび)」の一人者であれば、ちょっとはいいかなぁという感じもします。

「遊ぶ」ことと「明日に備える」ことがそこそこイコールになる生き方、またそれが結果的に仕事のパワーになるような「明日備(あそび)」方。そんなことができると実に素敵ではないかと改めて思います。いうまでもなく「明日備(あそび)」はクリエイティビティの源でもあるはずです。

野口さんと一緒に過ごした食品会社の東京営業所のOB会が先日ありました。
私が20代の6年間を過ごした職場です。「しあわせ会」と呼ばれ、毎年この時期に開催されています。
参加者の最高齢は93歳のMさん、私は営業OBとしては最年少です。そして営業OBでは大勢の参加者のうち、60歳未満はわずかに3名だけ。65歳くらいではまだ若造といった感じです。そう、このOB会には会社を辞めないと入れないわけで、私たち3名以外は皆さん定年退職をされた方ばかりなのです。遠い昔の20代に6年ほどいただけでそんなお仲間に入れていただけるのは実に光栄な話です。

ハードワークには自己消耗的なハードワークと、「明日備(あそび)」的要素のあるハードワークがあるように思えます。このOB会に集った方々は、ある意味では「明日備(あそび)」的要素のあるハードワークを堪能された皆様だと実感します。その違いは何か、これは時間を少しかけて考えてもいいテーマではないかと思います。

私が入社当時のA所長もいらしていましたが、なんと80歳になったといいます。思えば私もあのときのA所長の年齢に近づいています。その日も煙草をふかしながらお酒を飲まれていたのですが、今ではこういう機会以外ではあまり煙草も酒も以前のようにはやらなくなったとか。でも、年をとって具合が悪くなったときに健康のために辞めるものがないと医者も困るだろうから続けているんだと素敵な理屈をこねておられました。そういうとこの方、20数年前には「煙草をやめる奴は意志が弱いねえ」と禁煙する人に向かっていってましたっけ。営業の必須科目のゴルフ、酒席、麻雀だけでなく、落語にウクレレ、実に「明日備(あそび)」に満ちた方です。

「明日備(あそび)」というやまと言葉、ビジネスのスタンスを見直すために役立ちそうな気もします。ただ、これがあまりに合目的的に使われては面白くありません。ワーク・ライフ・バランスの強要に少し何か違うなと感じている人達は、ワーク・ライフ・インテグレーションとか、ワーク・ライフ・フュージョンとかいう言葉を使っていますが、「明日備(あそび)」、これはいい響きです。ただし、往々にして「明日備(あそび)」は家庭の外にありがちですので、ここには注意が必要です。

「傍楽(はたらく)」と「明日備(あそび)」。この両輪をどう回していくか。なんか愉しい気分になりますね。

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コメント
光栄です!
潤さん、

お久しぶりです。お元気そうですね。

僕の「明日備(あそび)」について取り上げていただき、びっくりしました。すごく嬉しいです。

なにしろ、僕が30~35歳のときに先輩として潤さんと職場で出会わなかったら、僕は転身なんかしなかったはずですし、地道にやってたと思います(笑)。

3つ上の先輩が、当時の人事部門の方向性を実質的に握るような動きをしていること、つまり過激に「明日備(あそび)」をしている状況は衝撃的でした。

あの姿に憧れたばっかりに、こうやって道をはずれて(笑)、僕も「明日備(あそび)」に夢中になってます!

ありがとうございます!!
【2012/11/05 16:13】 URL | 野口正明 #-[ 編集] | page top↑
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