外的キャリアとキャリアスリップ
野口先生と山中先生のメンタル・コンシェルジュの今期最後のセミナーがありました。最後はやはり花田光世先生の登場です。自分としては、非常に染み入る話が聞けました。また、今後の指針も少しできたような気がします。ただ、すべてが上手に一つにつながりません。そんな中ではありますが、少しリフレクションがてら、整理をしてみたいと思います。

テーマは「キャリアスリップをいかに乗り越えるか」。このお題は野口先生が花田先生につきつけたとのこと。

結婚や出産、引越し、子育て、ポストオフ、体調不良、シニア層、親の介護…、けして想定外ではないのかもしれないのですが、予定を立て切れていなかった事態は、必ず誰の身にもいくつかは発生するといっていいでしょう。

例えば、若者が入社1年目や2年目で辞める、いつの時代も最大の理由は「こんなはずじゃなかった」という奴です。つまり、リアリティショック。自分の思っていることと、実際との相違を受け止められきれないわけです。

ある意味では、先にあげた「キャリアスリップ」物のイベントも、リアリティショックだといっていいのかもしれません。そういうことはあるとは思っていたけど、実際に起こるとね、ということです。

「キャリアスリップ」の根底にはある特定のキャリア観がある、と花田先生は指摘します。それは「外的キャリア」へのこだわり。大きな責任、重要な仕事、高い給与、偉い立場、そんなものに価値を置き、そういった序列上、上へ上へと進むことを目指す、そんなキャリア観です。

「キャリアアップ」という言葉は「外的キャリア」へのこだわりを前提にしています。「キャリアアップ」の反対語を「キャリアダウン」だとすると、「外的キャリア」へのこだわりの強い人であれば、「キャリアダウン」と「キャリアスリップ」は極めて近い意味合いを持ってしまいます。「キャリアアップ」を求めるキャリア観であれば、「キャリアスリップ」は必然的に厳しい局面に自分を追い込みます。

逆に「内的キャリア」に視点を置いた場合、「キャリアアップ」にあたる言葉は、花田流にいえば「キャリアストレッチ」です。キャリアの観点で自分の幅を広げていくわけですから、外的キャリア的にはネガティブな事象が起こっても、それは見方によっては「キャリアストレッチ」の可能性を秘めた機会でもあるわけです。

では、「キャリアストレッチ」の反対は何かというと、それは「現状にとどまること」だと花田先生はいいます。「外的キャリア」的な観点での評価としては、ダウンであろうがアップであろうが、そこにとどまらずに自分の状態を「キャリアストレッチ」できるか、ダウンであればあるほど、気持ちの持ち方で「キャリアストレッチ」ができる可能性があるわけです。

なんだかんだいっても日本企業は、「外的キャリア」で社員をモチベートしてきました。「外的キャリア」に基づいた「キャリアアップ」を目指す価値観をつくり、「キャリアアップ」が望めない層がいかにモチベーションを落とさないかに腐心してきました。例えば、役職につけない人を専門職として処遇するなどといった施策がまさにこれです。

長くなりましたので、明日はこの続きを企業における視点でもう少し整理してみます。

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【2012/11/10 17:55】 | キャリア~全般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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