少しでいい話をするには、話す人自身が愉しむ必要があるんだなぁ
自動車免許の更新に先日行ってきました。20年前と比較して、もの凄く進化したのが、この自動車免許の更新だと思うのですが、極めてスムースに短時間で更新が終わります。皆さん、すっごくホスピタリティに溢れているという感じではまったくないのですが、それぞれの持ち場でいい仕事してますし、案内掲示板なんかもそれなりに適切です。

で、私は「一般講習」対象なので、1時間の講習を受けました。前回は「失効」、前々回は「免停」でしたので、久々に一般人です(ただ、失効の時も講習は一般だったような曖昧な記憶があります)。

実はこの講習、前回も前前回も、実に面白く受講をすることができました。完全に講師のキャラクターによるところが大きいように感じますが、お定まりのビデオさえも面白く感じられました。それに対して、先日のは、まあ、びっくり。これだけ人に聴かせる気のないしゃべり方ができる講師って何なんだろうという感じでした。もちろん、我々はここで1時間我慢しないと免許の更新ができないから、多少のいねむりはしつつもちゃんと聴きます。

前回と前々回のあの面白く話を聴けた講師達と、今日のこの講師の違いは何なんだろう…と考えつつ聴いてましたが、一番の違いは、話をすることを講師自身が愉しんでいるかどうかじゃないかと感じました。

免許センターの講師になるキャリアパスがどうなっているのかは、まったく知りませんが、おそらく免許センターの講師をめざして夢がかなって今の仕事をしていますという人はあまりいないのではないかと思います。ですから、この与えられた役割にどう対峙するかというスタンスの問題で、話し方が大きく変わってくるのでしょう。

特に前前回の講師は多少脱線しながら飽きさせない話をしてました。私は免停で受講していたので、時間も今回よりもだいぶ長かったと思います。もしかすると、あまり脱線するのは規定的にはまずいのかもしれません。今回の講師は、60分の講義のうち、20分を手続き的などうでもいい話を丁寧に(これ3分あれば余裕で終わる説明を牛歩戦術のようにゆっくりとやります)、次の20分を最近の法改正についての説明をテキスト棒読みに近く、最後の20分はビデオ、終わった瞬間に一番安堵していたのは講師のようにさえ感じられました。多分、講師も愉しくはないでしょうね。

少しでいい話をするには、話す人自身が愉しむ必要があるんだなぁと、ある意味、当たり前のことを実感した東陽町の夏の日でした。

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