主体性・多様性、「チームワーク」と「答えがない学習」 ~企業×大学パネルトーク事前企画⑦~
【企業×大学 パネルトーク&ダイアローグ】「これからの社会をつくる人材」を育成するために、いま何をすべきか 」事前企画の第7回です。何のことだかわからない方は、11月4日のブログを。開催まであと3日です。

今日はこの夏に参加させていただいた東京大学・京都大学・電通育英会共催の大学生研究フォーラム2013「学生のうちに経験させたいことー大学生の今、変わる企業」での安西祐一郎先生の話からです。以前に書いたブログの内容的には大きくは変わりません。

安西先生の提起したキーワードは、主体性と多様性でした。主体性というのは、ほとんどの企業か提示している「求める人材像」に何らかのかたちで入っていそうですね。

安西先生のいう主体性は「自分の目標を自分で見いだし、実践する力」であり、独りよがりとか独善的とはまったく異なることだとの但し書きを加えられていました。また、東京大学の吉見先生は、主体性の定義として「ビジョン」と「こだわり」であり、「ビジョン」とは将来に対する見通しであり、「こだわり」とは執念であるとされていました。これはかなり気合いの入った定義です。

主体性をはぐくむ学習方法は果たしてあるのか、これが大きなテーマです。安西先生の整理は「チームワーク」と「答えがない学習」です。これが大学生活に求められており、不足していることだといえます。

ここでいう「チームワーク」とは、単なるグループ学習とは異なります。サークルの仲間内でのチームワークとも違います。知っている仲間同士で、先生から与えられた課題に取り組み、先生が既に知っている答えを目指すといったタイプの学習では、主体性は絶対に芽生えません。ある種、居心地の悪い多様性に溢れる仲間同士で、答えのない問題にチャレンジする必要があるわけです。ここで主体性の問題は多様性と接してきます。

たぶん、今の大学キャンパスにおける大きな問題の1つは多様性の欠如でしょう。諸外国に比較して留学生比率が低く、多様性の幅が狭いというデータも当日は提供されていましたが、確かにそうなのだと思います。ただ、それよりも日常的な大きな問題は、いろいろな学生などと話しているとわかりますが、大学というのは多様性を極端に回避しても生きていける世界だということです。要は心を閉ざして仲のいい仲間だけでまったり愉しく生きることが容易に許容される世界なのです。留学生がいくら増えてもここが変わらないと、大半の普通の学生にとっては何も変わりません。

今回のテーマとなった「主体性」と「多様性」というのは、並列して提示されるものではなく、主体性をよりはぐくみやすい環境が「多様性の海」なのだということでしょう。これは企業においても同じです。新卒一括採用はこの文脈ではネガティブです。営業というリアルな多様性に直面せざるを得ない仕事を新卒新入社員に多くの企業が最初に経験させているというのは、実に筋が通っていることだといえます。

「教わる」のではなく「学ぶ」文化への転換も主体性を育みます。日本の教育の大半は「教わる」に終始しています。MOOC(Massive Open Online Course)のようなものが広く一般的になると、学びたい人は誰でもいつでもどこでも自分のペースで低コストで学ぶことがきるようになります。これまで、学ぶには環境とお金が必要でした。ですから、先進国に住む裕福な人が圧倒的に有利であり、同じ国内でも富裕層が圧倒的に有利だったという現実があります。しかし、本当に世界のどこでも同じ機会で学ぶことができようになると、学びに対するポイントは、環境や裕福さではなく、学びたいという「主体性」になります。これは革命的な話です。

「学び」に対する主体性の原動力は何でしょうか。安西先生が提示されていたなるほどというケースがあります。途上国の若者のうちある層はもの凄く主体的な学びをどん欲にしている、それは学ぶことによって今の状況から抜け出し自分の人生を幸せにしたいという思いが強くあるからだというような話でした。一昔前であれば、ボクシングで世界を目指すことにより実現させようとしたことが、学ぶことで世界を目指すことによって実験できる可能性が出てきているわけです。本当に革命的な話です。

これと同様な動機をドライブさせることは、豊かな国という立場に慣れてしまった日本ではもう難しいでしょう。ただ、健全なる危機感はきちんと持つ必要があります。健全なる危機感は主体性の原動力になり得ます。危機感を持つもっとも平易な方法は、自分が何も知らない存在であるということを知るということです。自分よりも凄い奴がたくさんいるということを知るということです。でも、そのためにも何よりも学ぶことが必要になります。これだと鶏が先か卵が先かになってしまいますね。

ただ、大学がなすべきアプローチのヒントは明らかにここにあると思います。徹底的に準備した就職活動支援の素晴らしさを、大学が競っているような風情があります。これは大学としては生き残りのために必要な活動であることは間違いないのですが、ややもすれば、学生から主体性をさらに奪いかねません。これは凄いジレンマです。ただ、そもそも主体性のない学生に対しては、懇切丁寧なアプローチから入るしかないのは議論の余地はないでしょう。

「チームワーク」と「答えがない学習」を日常の授業に当たり前のようにビルトインすることが何よりも大切です。妹尾堅一郎先生は、以下のような「問題解決症候群」の蔓延を指摘されています。 

  ・問題は与えられるものである
  ・与えられた問題には必ず1つの正解がある
  ・その唯一の正解は誰かが知っているし、場合によっては教えてくれる

新入社員研修では、企業の教育担当者はこの症候群から目を覚まさせることに腐心します。大学までの価値観はまさにこれだったのです。日本の学校教育に最適適応すると、問題解決症候群に陥らざるを得なかったのです。しかし、社会に出るということは、この価値観からの転換を意味します。入ってきたばかりの新人は常に答えを探してさまよいます。間違った発言をすることを極度に怖がります。でも、社会は「どう問を立てるか」からはじまる世界なのです。

本当は大学でもこれでは困るはずです。なぜならば、学問というのはこういうものではないはずだからです。高校まではこれでもいいのかもしれません。でも、本来は大学は違っていたはずです。数日前に大学の高校化の話を書きましたが、その最大の弊害がここにあるといえるかもしれません。
大学の就職指導、キャリア支援もこの傾向を助長しているところがありそうです。確かに採用活動にも問題があるのですが。でも「チームワーク」と「答えがない学習」により、問題解決症候群に陥っていない学生を輩出できる大学であれば、就職率も抜群になることは間違いありません。

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