「学習目標」「遂行目標」、「拡張的知能観」「固定的知能観」 ~人はどうして学ぶんだろう
あらゆる目標は「学習目標」と「遂行目標」のいずれかに集約されるそうです。
今、読んでいる本で学んだ話です。

昔、中原先生のブログで見たような名前のドゥエックという心理学者の説だそうです。で、中原先生のブログ内検索をすると、いくつか出てきますが、『キャロル=ドゥエック著「やればできるの研究」を読んだ!』というのが2008年12月にありました。珍しい名前の人は印象に残るので得ですね。「やればできるの研究」、凄いタイトルです。当時は、Learning Bar の1ファンでしたが、今は中原先生とはご一緒に一般社団法人経営学習研究所の立ち上げまでさせていただけたりしているのは、不思議な感じです。本当にありがたいことです。

「学習目標」を持つ人は、学習によって自分の知識を増やし、深め、技能や見識を高めることそのものを目標としているそうです。となると、学習すること自体が目標であり、また学習自体が愉しいので学習を愉しむことそのものが目標だということになります。

これに対して、「遂行目標」というのは、良い成績をあげて競争に勝つこと、社会的な評価や報酬を得ること、自尊心を満たすこと、といったことが目標になります。「遂行目標」を持つ人は、学習そのものを目標とするのではなく、学習に伴う成果や社会的な評価を目標としているわけです。かなり目的志向的な学習態度ですね。

そして、この目標の持ち方の違いは、自分の能力に対する信念で決まるといいます。つまり、自分の能力というものは努力次第でいくらでも伸びるという信念と、自分の能力というものは生まれつきのもので固定的で変わらないという信念です。中原先生がブログで解説してくれている「拡張的知能観」と「固定的知能観」というののことですね。

前者の信念を持つ場合、自分が伸びるためには絶えず学習することが必要だとわかっているので「学習目標」を持つようになるわけです。それに対して、後者の場合は学習しても能力はたいして変わらないのだから、学習そのものには意義を感じられません。学習の結果として得られる名声や報酬を求めるような「遂行目標」を持つようになるということです。自分が今、持っている能力が他者よりも勝っていることを示すために、自尊心を維持するためにも必死で頑張りはするのですが、自分の能力自体は伸びると思っていないわけです。これは辛いですね。となると、自分が勝ち続けているときはいいですが、そうでなくなると一瞬にして燃え尽きてしまいそうです。

片や「学習目標」を持つ人は、学習そのものが目標ですから、自分の知識を増やし習熟することを目指して、他人の目などは気にせずに自分で納得のいくまで学習を続けるわけです。自分の能力は学習すればするほど伸びると信じているわけですから。

なるほどなるほど「学習目標」って素敵ですね、とはなるのですが、今一つしっくりときません。

手上げ式の研修を募集すると、いつも真っ先に参加するのだけれども、仕事にはあまり研修の成果は活かせずに、どうも学ぶこと自体が自己目的化してしまっているよねといった人の存在がよく研修担当者の中では話題にのぼります。越境学習マニアにも、これにあたるケースがあるかもしれません。そういう人って、学習自体が目的になっているところがあるんでしょう。もちろん、何も学ぼうとしない人よりは可能性がありますし、ましだとは思います。でも、こういうタイプの学習自己目的化パターンの人が、「拡張的知能観」をもっているかといえば、実は必ずしもそうではないのだと思います。

自分の能力はまだまだ伸びる、いつまでたっても今は成長プロセスの真っただ中、と思って学び続けている人は、たぶん間違いなく能力を高めていくことができます。そして、能力が高まったら、それを使いたい、発揮したい、何かに役立てたいと思うのは当たり前のことです。先のパターンの人には、この当たり前のことがあまり生じていないわけです。学習行動をしているということと、「拡張的知能観」を持つ人であるということは、イコールでないのでしょう。

「遂行目標」を持つ人の学習態度はとても合目的的になるんだと思います。何せ学びのプロセスには興味がないのですから、それがもたらす結果です、結果。でも、こういう人に少しでも学び自体の面白さを伝えることができたら、簡単には燃え尽きないようになるんじゃないでしょうか。
学ぶという行為は、膨大な無駄を伴うものです。一直線に合目的的に知識を得たいというデジタル的な学びには限界があります。無駄が無駄を重ねて、学びとることができます。研究なんてまさにそうでしょう。英単語だって覚えるはしから忘れちゃいますしね。経験学習なんて考え方もよくよく考えるとまどろっこしいですよね。
もちろんデジタル的な一直線の学びが必要になるときもあるでしょう。これに慣れると何でもネットに頼るようになっちゃいますけどね。
何となく、「遂行目標」と「学習目標」の話、食における、栄養素をとるために食べるという動物的行為と、食べることそのものを愉しむという人間的行為の違いのような感じもしてきました。

私は、学びの欲求の根本は、役に立つからと、愉しいからの2つだと思っています。食べることの根本が、生命維持に必要な栄養素を採ることと、人生を愉しむことであることと、やっぱり似ています。

こういった思いを抱いて、仕事でも仕事外でも、2014年はさらに多くの学びの場を創っていきたいと思います。なんて三が日には思ってましたとならないように…。

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