評価のお話、可視化のみに走る、プロセスにこだわる
キャリアラボ、スーパービジョンから。今日は評価のお話です。

上位5%を評価しようとすると結果主義・実績主義の視点が中心になる。次の25%を評価しようとすると、プロセスまでみた総合的な評価が必要になる。そして、最後の70%を評価する場合はどうしても減点主義的視点にならざるを得ない。ちょっとわかったようなわからないような話ですが、合理的な論理の裏付けは別にして、感覚論的には何となくアグリーできるような感じの話です。

今、起こっている問題が2つあります。

まず1つは日本企業がやってきた伝統的な横並びの同期をゆっくりと選抜していく方式です。100名いる同期の80割が同時に係長にまではなる、またその80が課長にまではなる、……という感じの奴です。それぞれの選抜段階では上位を選ぶというのではなく、選ばれない下の20%を選ぶことに結果的にはなります。となると、ここは最後の70%が存在するエリアですから、減点主義的な目線でないとなかなか選べません。で、それを繰り返すわけですから、どちらかというと事なかれ主義的ではあるものの、減点主義の洗礼は受けにくい、無理なチャレンジはしない、減点は他部署や部下のせいにするといったような人が残っていきやすくなるわけです。もちろん本当にそうなっているのかは、わかりません。これがある時期の日本企業の後継者選出の仕組みだったというと、かなり哀しいですが、ただ実感値的にもなるほどそんな感じもあったかな、と思う人も少なくないでしょう。

もう1つは成果主義の弊害の話です。本来、上位5%を選び評価するのに適した手法を次の25%にも適用してしまったのが、日本の成果主義の過ちだというわけです。歴史的に日本企業のイノベーションの主たる担い手であったのは、この25%の層です。ここがやる気をなくしてしまったり、外部に流出してしまったのでは、闘えません。上位5%の評価では、指標が可視化されます。そしてこれは非常に楽な評価です。可視化できないものの評価、それが総合的な評価であり、プロセスの評価です。そして、これは曖昧で、非常に煩雑です。手間がかかり、説明が大変。

プロセスの評価という話になった上で、昭和の時代のホンダの人事評価の話がありました。私は今のところ4台続けてホンダ車を買っているホンダファンです。昭和の時代の、そして目標管理制度導入前の評価の話です。評価項目などを伺いましたが、単にプロセスを観ているというよりも、項目自体のホンダが求めるバリューとでもいっていい内容が散りばめられています。

自己主張を持ち、信念を貫く気はあるか。建設的かつ的確な批判ができる勇気はあるか。あくなき探究心と追及力はあるか。ては化の時は同僚の仕事を援助してやったか。進んで自己の向上につとめたか。仕事の上で同僚とよく連絡し、協調したか。与えられた仕事以上のものを自らやろうとしたか。

数値目標をきちんとたてることは実に大切ですが、安易に数値化できるものばかりに飛びつくのもまた問題です。現場の状況が理解できなくなればなるほど、客観的指標に目が行きがちです。現場の状況がわからなければ、現場の評価指標はつくれません。このことは人事部だけでなく、現場のマネージャーも同じです。実は現場にいても現場が見えないという状況は生まれています。
目標管理に、より適切に貢献軸と、成長軸を入れて行く……、そんな見直しは必要です。そのためにはプロセスに目を配る必要があります。逆にそうしないと、継続的に成果ををあげることは難しくなってきています。評価はほんとうに難しいです。あまり何度も仕組みを変えてしまっては、各職場が混乱します。それにしても、ちょっと今回は大きな気づきがありました。何とかして、それをカタチにしていきたいと思います。

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※評価とまったく関係ないですが、懐かしい写真が出てきたので。川崎チッタデッラで開催したナポリピッツァのイベントでの一こまです。
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【2014/01/20 23:56】 | HRM全般 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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