ナスカビ族の狩
このブログの最大の役割は、実は私個人にとっての備忘録です。

どこかで学んだことや、得た知識をここに書き残しておき、何か必要になった際に語句サーチで検索をするといった方法でとても重宝しています。聞いたことがあるようなきがするけど、良く覚えていないこととかありますよね。できる限り、ここに書き残しておくと便利です。

もちろんそのような目的であれば、単なる自分のメモでもいいのですが、それだとなかなか続きませんし、何を書いているのかわからないようないい加減な書き方になりますので、あとで使えなくなってしまいがちです。ですから、ブログのようなある程度は読む人を意識するツールが良いと思っています。

で、今日の備忘録は、連休最後の日に、ここで書いた金井先生の近著「明日をかえる働き方」で紹介されていたナスカビ族の狩りの話についてです。ナスカビ族というのは、北アメリカ北東部のアメリカ・インディアンの一族だそうです。


「ナスカビ族は、どこで狩りをすべきかを知るために奇妙な手続きを用いている。トナカイの肩甲骨をもってきて、それにひびが入るまで火の上であぶり、それからひびの入った方向へ狩りにでるのである。驚くべきことに、この手続きでうまくいく。ナスカビ族は、ほとんどつねにといっていいほど、獲物にありつく。それは狩猟民族のあいだではまれなことである。
この手続きがうまくいくのにはいくつかの理由があるけれども、なかでもつぎの1つは、とくにわれわれにとって興味深い。ナスカピ族は、実際にはほぼ1日中、狩に時間を使っている。いったんひびが現れると、彼らはひびの指し示す方向へ行く。彼らは、キャンプ・ファイヤーのまわりに座り込んで、昨日はあそこで獲物をみつけたから、今日はこのあたりだろうというような議論をすることなどけしてしない。ナスカピ族がどのような獲物をみつけられないときにも~そういうことはまずないのだが…~集団内のだれ1人として責められることはない。その代わり、彼らは、神が自分たちの信心を試しておられるのだ、というだけなのである。」
(デビット・J・ティース「競争への挑戦~革新と再生の戦略」より、カール・E・ワイク「戦略の代替物」白桃書房)

どう解釈しましょうか。
トナカイの肩甲骨って凄いなぁというのは、とりあえずはなしで。

ひびの入った方向に行けば、獲物にありつけると信じて、獲物にありつくまで歩き続けるのでしょうか。変な迷いであっちふらふらこっちふらふらするよりも、確率論的にも高いといえるのかもしれません。採るべき行動が明確に決まっているので、迷ったり議論をすることで時間をつぶすこともありません。

これは、情報過多の今を生きる私たちがもっとも苦手な手法かもしれません。多くの雑音が私たちの判断を迷わせ、結果的に目的に辿りつくのを阻んでいるということがあるかもしれません。

ナスカビ族のように、決めた方向に向かって一心不乱に歩くということが大事だなどと言うつもりはありません。情報が溢れる中で、半端に親切な評論家に囲まれて生きている私たちが、迷い悩むことはけして悪いことではありません。もちろん時にはナスカビ族のように決められた方向に一心不乱に歩くこともあるでしょう。

たぶん、この話を聞いた時の自分の状態によって、違った感覚を持つかもしれない、そんなお話なのかもしれません。

DSCF0020.jpg
※まったく関係ないですが、東南アジアのとある街の港です。

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