登山の論理からハイキングの論理へ
花田先生が最近よく、「登山の論理」から「ハイキングの論理」へという話をされますが、最初はわかったようなわかならいような気持ちだったのですが、最近、それがとてもしっくりとくるようになりました。

日本の人事の根幹は、ずっと「登山の論理」だったと確かにいえます。資格の階層を細かく多く用意し、その階層を少しずつ上がっていくという結果を通して、モチベーションをマネジメントし、キャリアアップを実現させ、ライフステージとキャリアステージの同期化を保証してきた、と花田先生は整理されます。年功序列が崩壊し、成果主義がスタンダードになっても、この「登山の論理」による人事管理は続いてきました。少しずつ、そして少しでも高いポジション、資格、等級をめざし、それによって高い給与や役割や責任を担う、そんな世界を維持することがもうできなくなったのです。

登山の論理では、頂上が上がりです。しかし、企業人としての上がりの年齢が65歳まで伸び、逆に役職定年年齢が下に設定されていくことから、上がり後に10年以上の年数が、さらには若手の幹部登用が進めばもっと長い年数が存在するようになってきているわけです。ですから、登山の論理を維持したいのであれば、明確な下山のメカニズムが必要になります。

また、ホワイトカラー職場が企業のすべてになってくると、多くの企業ではその中で膨大な実務推進業務が出現します。この膨大な実務推進業務について、非正規労働者や業務委託でまわしているうちはいいですが、ここに正社員化の波が訪れるとき、この層に「登山の論理」を適用することは、まずもって不可能です。というか、すでにホワイトカラー職場の多くで、「登山の論理」でモチベーションを維持することの不都合が顕在化しています。

「登山の論理」に代わる概念を「ハイキングの論理」と花田先生は称しているわけです。つまり、上を目指さずに同じ高度を歩くことです。そして、上を目指すことがモチベーションになるのではなく、同じ高度で歩いていること自体がモチベーションにつながるマネジメントの世界です。これらの世界では、長い期間、特定の同じ業務をしっかりと続けていくことに価値を見いだせる仕組みが大切になります。当然、階層はブロードバンド化し、フラット化します。日々能動的に行動し、その行動の中から成長実感を得て、学びの意識を持ちながら仕事を続けることそのものが、モチベーションとなるような、そんな世界を創らなければ、ハイキングの論理は成り立たないでしょう。
特定の同じ業務といっても、職務記述書に書かれた内容を限定的に粛々とやる世界ではありません。自分の役割を時には超え、常に成長を通じた自分らしさを出現できるようにストレッチした仕事態度がそこでは必要です。高齢化が進む職場では、特にこれへのチャレンジが必要なはずです。

本当にそんなことができるのでしょうか。

1つのヒントはブルーカラーの職場にあります。ブルーカラーの職場は、必ずしも「登山の論理」でマネジメントされてはきませんでした。しかし、世界に誇る日本のブルーカラーは、自ら改善を提案し、積極的に多能工化にチャレンジし、有事となれば身を呈して働いてきました。このノウハウが日本にはあります。そこでは、成果一辺倒を打開し、プロセス貢献、つながり、関係性といったものが重視されるはずです。また、1人ひとりのコミットの深さも大切になりるはずです。そのコミットを引き出す努力が企業には求められます。

話はずれますが、ずっと特例子会社のマネジメントの指針に悩んできたのですが、特例子会社こそ、この「ハイキングの論理」のマネジメントの最先端を行くべき職場のように感じてきました。また、平均年齢の若い企業は、高齢者を多く持つ企業とはまた違ったかたちで「ハイキングの論理」を研究する必要があります。

いかがでしょうか。

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※高円寺で昼酒。
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