日本SF展 ~ ユーモア、自らも愉しむ、センスオブワンダー
ようやく日本SF展に行けました。

京王線の芦花公園駅近くの世田谷文学館の企画展として、この夏一杯開催されています。28日までやっていますのでご興味のある方は是非。

まずはHPの案内を引用します。

**************************************************************

今夏、特別開校、SFの国の学び舎「日本SF大学校」へようこそ!
豪華な教材!! 充実のプログラム!!

かつて、日本にSFを育てようと集った若き作家たちがいました。
星新一、小松左京、手塚治虫、筒井康隆、真鍋博ら、日本SFの第一世代と呼ばれる作家たちです。彼らは、日本ではまだ認知度が低かったSFをどう表現するか、読者に届けるために奮闘しました。やがて彼らの作品は、子どもや若者を中心に熱狂的に受け入れられ、今や世界を席巻する日本のアニメーションや特撮映像作品とともに大きな発展を遂げます。また、「日本SF」に親しんで育ったかつての読者たちが、現在では文化芸術や科学技術分野のほか、多方面で活躍しています。
作家たちは、未来を語るために「想像力」を磨き、それぞれの表現を追求しました。彼らの作品は、俯瞰的にものを見る大人の知力に支えられ、ひとりの人間としてあらゆる事象に立ち向かうためのヒントに溢れています。
作家たちがSFという表現を信じ、私たちになにを、どのように伝えようとしたのか、本展では時代背景や多彩な資料から読み解いていきます。

**************************************************************

何となく自分自身の原風景を感じるような展示でした。

文学館での企画展ですから、ビジュアル的に目をみはるようなものがあるわけではありません。日本SF黎明期の貴重な書籍や書簡などが展示されており、SF第一世代に属する各作家のコーナーもあります。好きな人にとっては、ぜんぶ読みふけってしまうようなものが膨大に展示されています。

早川書房のSFマガジンが創刊したのは私が生まれるよりも少し前の1959年。祖父の蔵書にこの創刊号を見つけた時の興奮は大きかったです。日本SF作家クラブの誕生は私が生まれた後の1963年、当初は「SF」という言葉が認知されておらず、SF作家クラブの温泉旅行を迎えた旅館では「SFサッカークラブ御一行様」という看板を掲げたというのは有名な逸話ですが、その写真も展示されていました。
小学校の図書館で「宇宙戦争」や「トリフィド時代」などのジュブナイルに出会い、図書館のあらゆるSFを読みつくし、小学生のうちからジュブナイルを卒業して、日本SF第一世代の作品を読みふけりました。そして1970年の万博博覧会の影響はやはり大きかったと思います(行けませんでした……)。

1973年に刊行された小松左京のカッパノペルス版「日本沈没」を小学校の長期休暇で北海道に帰省する寝台列車と青函連絡船で読んでいたのを妙に記憶しています。

その後、中学・高校では徐々に50年代SF黄金期の欧米SFを読み漁るようになるのですが、私の場合、SFとの出会いは日本SF第一世代の作家の皆様でした。

ちなみに私の社会学士としての卒論は「日本SF史」でした。

当時の世相もあるのだと思いますが、この頃のSFは確固たる未来感のようなものを持っていた、持とうとしていたように感じられます。

あんまり書きとってこれませんでしたが、「未来は占ってはいけない。創るべきものだ」 という真鍋博の言葉や、「私たちが過去から受け継ぐべきものはペーソスで、未来に目指すべきものはユーモア。情報なんかくそくらえと言うつもりはないが、ユーモアとペーソスがなくて、なにが情報、なにが人間だである」 という星新一の言葉を始め、展示の中でも未来観を語る言葉が多くみられました。

もう1つ感じたのは、黎明期のSF第一世代の皆さんは、ブラックユーモアも含めた果てしない遊び心、そしていかなる場合であろうと自分も楽しもうという心、それから言うまでもなくセンスオブワンダーに溢れていたなぁということです。

すでに1960年代の後半時点で、筒井康隆がSFのSはサイエンスを意味するのではない、SFのFはフィクションを意味するのではない、SFはSFなのだといったようなことを発言していたというのもまた凄いです。SFという文学ジャンルは今や書店にはありません。SFが浸透と拡散をしていく中で、その外郭はとろけきってしまっていますが、それでも小説を読んでいて「これって実にSFらしいなぁ」と感じる奴ってあります。それを分けるのはやっぱりセンスオブワンダーでしょうか。

文学界からは色者扱いされてきたSFですが、これを日本に持ってくる、日本で始める、日本に根付かせるという取り組みはとても高揚感のあるものである反面、大変なことも多かったのだと思います。第一世代は非常に仲良く、常時つるんでいたような感じられますが、メインロードでないところで新たなことを始める人達独特の連帯感のようなものが自然に生まれるのかもしれません(シェアードサービスの黎明期なんか、そんな雰囲気でした)。

ユーモア、自らも愉しむ、センスオブワンダー、というのは、何か新たな価値を創る時に必要な要素かもしれません。

DSC_3068.jpg
※お土産はなぜかマシュマロ。

DSC_3063.jpg
※この安易さがまた素敵。



関連記事
スポンサーサイト
【2014/09/21 23:58】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<役職定年制はやっぱり駄目だよね | ホーム | 大学におけるキャリア教育~キャリアデザイン学会研究発表から>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://jqut.blog98.fc2.com/tb.php/1989-89c94492
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |