まんざらでない僕たちの44年間と「太陽の塔」
連休でちょっと関西に行ってきました。

まあ、出張でも毎月のようにいっているのですが、いつもどこかに立ち寄る時間もなく、前泊で深夜にお好み焼きを食べているか、帰りの新幹線の時間まで新梅田食堂街で短時間リフレクションしているくらいで、実は大阪のことをほとんど知りません。

でも、今回も一番のお目当ては、自分にとってのパワースポットである「太陽の塔」です。

岡本太郎も好きなのですが、やはりあの頃の空気感が好きなんでしょう。大阪万博と安保闘争は自分が実体験できなかったリアルです。つかこうへいの「初級革命講座飛龍伝」を学校帰りに高田馬場東芸劇場見に行っていた、そんな郷愁に結びつく感覚のようにも思います。

今回は時間があったので、初めて「EXPO70パビリオン」も見てきました。たまたま「時代が求めた1970デザイン展」をやっていたのでラッキーと思いましたが、こちらは今一つ。そのかわり常設展はなかなかの興奮ものでした。

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誰もが未来を見据えていた時代です。
たぶん明日は今日よりも素晴らしいはずだと確信していた時代です。

オーウェルの「1984年」のようなディストピアものももちろん古くから多くありましたが、「ブレードランナー」の頃から私たちが想う未来は変わってきてしまったように思います。

オーウェルの1984年を軽々と超え、クラークの2001年ももはや一昔前です。でも、まだ恒星間飛行は実現されていませんし、エアカーもありませんし、タイムマシンもまだまだはるか未来でしょう。その代わり、インナースペースは予想以上に開拓されました。サイバースペースは陸海空・宇宙に次ぐ戦場であるとまでいわれています。そして、人間の精神世界の究明も進んでいますし、精神社会の悩みも複雑になっています。民族や宗教が国家概念を凌駕しようとする世相も含め、人類自体が内向き思想にとらわれているような感覚があります。もちろんそれがいいとか悪いとかいうことではありません。SF的に整理すると、人類が進化の隘路に入り込んでしまったのかもしれない、ということなのかもしれません。

ただ、月の石はロマンでもなんでもなくなりました。

なんて思いつつ、そびえ立つ、実にバカでかい「太陽の塔」をみると、たぶん僕たちの生きてきた44年間はまんざらじゃなかったんだうと思います。日本は何を言われても、日本ですし。たぶん、これからも、です。太陽の塔の3つの顔のように、顔をそむけずにいれば。

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【2014/10/13 22:35】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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