会社に週休2日制が来た日
自宅にカラーテレビが来た日をを覚えている世代かどうかって、一時代の違いがあるように感じます。私は覚えていた世代であり、確かに日立のキドカラーでした。で、なんでよく覚えているからって、たぶんメーカーの販促なんだと思いますが、カラーテレビを購入したら家族で河口湖(だったはず)のバス旅行がついてきたのが、テレビそのものよりもそっちが印象深い気がします。

たぶん戦後の家庭にとって、テレビが来た日とカラーテレビが来た日というのは、非常に大きなイベントだったように思います。でも、今のテレビはほんとうにつまらない番組ばかりになり、ほとんど見ることはなくなりました。

このままテレビの話になりそうなので、話題を戻して今日は週休2日制についてです。

今週はたぶん今年に入って2回目だと思うのですが、週休2日で土日を連続で休めました。土曜日に採用と研修のイベントを詰め込み過ぎている結果なのですが、久しぶりに週休2日制というのを謳歌してみると、やはりよいものです。特に今週はラーニング・イベントもなく、2日間6食の食事もすべて自宅で食べ、イクスピアリの1000円チケットの使用期限切れが近いので映画も土日ともに観に行き、連休から始めたレアジョブも久しぶりに2日続けてやって、実にご無沙汰しているジムにもいってと、普通の日を過ごしました。とはいっても、机でPCに向かっている時間は長く、会社の持ち帰り仕事はもちろんですが、管理組合の広報の仕事、そして何よりも経営学習研究所の総会前の決算・予算や議案書の準備と今週に予定しているイベントの企画や運営の検討や連携ということにかなりの時間を割いたので、なんとなく週末も在宅勤務で仕事をしていた感は残りますが、それでもリフレッシュ感はあります。

週休2日制が会社に来た日(というか年ですかね)、覚えていますか。私は土曜ハンドンというのを実体験している世代です。週休2日制の前は、土曜日の普通の労働日であり、しかしなぜかハンドンといってお昼までの勤務でした。新幹線通勤などという人はたぶんいなかったのか、遠距離通勤でハンドンって実にばからしいですね。土曜日はできるだけ社内にいて旅費精算とか資料作成をしていました。というのも、当時の私の担当エリアは神奈川西部と静岡東部ですので、東京かからハンドンで営業するにはとても不向きなエリアでした。一度でかけると、お客様はいつでもやっているので、結局、夜までまわってしまいます。

土曜日にお昼で仕事を終ると、先輩や仲間と食事に行ったり、呑みにいったり、ゴルフの練習場にいったり、麻雀にいったりとか、なんとなく不思議な時間でした。週休2日制がくると決まったあと、家庭持ちの大先輩たちは、どうやって休みの日をつぶせばいいのかという議論をされていたのを良く覚えていますが、食品に関係する会社らしく、蕎麦打ちでもやろうか、自宅で燻製をつくれる設備を買ってこよう、などと語っていました。まるで、定年退職を前にした人のような感覚です。

カラーテレビが来た日、週休2日制が来た日、というのは、ある日から明確な変化があるので、ある意味、対応がしやすいのではないかと思います。今、世の中でおこっているのは、どちらかというとそういう変化ではなく、じわじわとした変化です。また、企業によってその変化の押し寄せ度合が違います。

非正規雇用が来た日、女性活躍推進が来た日、グローバル化が来た日、成果主義人事が来た日なんて感じで、わかりやすい変化がある瞬間に起こったのではなく、気づいたら胸まで水に浸かっていたなんていう感じの変化かもしれません。これ、気をつけないと個人も会社も茹でガエルになりかねない状況です。劇的な変化を遂げている企業の多くが、ファンドの資本が来た日、外資の買収が来た日といったような明らかな転換日があった企業ばかりというのではまずいです。もう、カラーテレビは来ない前提で、日々を過ごす必要があるということです。

ということで、たまには昭和を記録に残しておきました。

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※昭和の象徴、万博広場のジオラマ。右上に太陽の塔がいます。





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