大阪万博で活躍したピクトグラムたち
万博公園の中にEXPO70パピリオンという施設があります。これは、1970年の大阪万博当時の鉄鋼館を再利用して、万博の祈念館として2010年になってからオープンした施設で、今のところ私のお気に入りのスポットの1つで、ここのところ毎年訪れています。ここを一巡すると、万博の際の日本のイマジネーションの素晴らしさを痛感します。45年前にそこまで考えてたの!という話がたくさんあります。そして、大阪万博には、小松左京をはじめとして日本のSF作家の多くが知恵を出す強力をしていたのは有名な話ですね。

で、今日はその中から「ピクトグラム」についてふれたいと思います。
日本の公共交通機関は世界最悪といわれるくらい、多国籍化されていません。日本語表記ばかりでノンジャパにはまったくもって優しくない国です。東京オリンピックにむけて、これをどうしていくかというのは大きな課題です。

1970年の日本ですから、今とは比較にならないくらい、言語のインターナショナル化はされていません。語学力のあるボランティアなんてのもたぶんほとんどいなかったんじゃないかと思います。そんな中で、会場で多用されていたのが「ピクトグラム」なんだそうです。

「ピクトグラム」というのは、障害者向けの施設を示す車いすのサインや、非常口を示す人が走りだそうとしている緑色のサインなどがお馴染みですが、文字や文章のかわりに、視覚的な図で表現することによって、言語の制約を超えて視覚的・直感的にすべての人に情報の伝達をしようというものであり、公共機関でよく使われます。

で、EXPO70パピリオンでは、大阪万博で使われた「ピクトグラム」の展示があります。

1446385460794.jpg

1446385485174.jpg

ちょっとレトロな感じはしますが、ちょっとも古臭くなくよく伝わるデザインだなぁと思います。もしも、大阪万博で用いたこの「ピクトグラム」をグローバル・スタンダードにするような動きがその後できていれば、凄かったのになぁなどと思ってしまったりもします。

このEXPO70パピリオンのネタ、まだまだ書けますが、今日はこのくらいにしておきます。

1446385506617.jpg


関連記事
スポンサーサイト
【2015/11/02 23:53】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<Made in EXPO'70 ~すべては万国博から | ホーム | とある4日間のインターンシップ的企画、一言メッセージのメモから>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://jqut.blog98.fc2.com/tb.php/2147-f78531ae
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |