「ジョブクラブ」 第2回キャリアバトンから
「ジョブクラブ」ってなんか言葉は聞いたような気がするけど、前提知識ゼロという状態で、小島貴子先生が主宰する「多様性キャリア研究所」の第2回「キャリアバトン」に参加しました。

当日の企画は2部構成で、第1部は東洋大学の小島(自主)ゼミの3年生が初めての「企業バリューカード」のプレゼンをやります。これに同期と1つ先輩の4年生がいろいろと投げかける、つまり学生による「ジョブクラブ」のリアルな実演を私たちは見学します。そして、第2部は「ジョブクラブ」そのものの考察。もちろん小島先生の主催ですから第4部もあります、呑み会です。

「ジョブクラブ」はもともとアメリカから輸入された概念というか手法のようですが、求職者が集団で集まり、カウンセラーのガイド、指導のものに一定の方法で求職活動を進めていく一連の仕組みです。ジョブクラブに参加した継続的な求職者の失業率は明確に低下するといったデータもあるようです。「クラブ」っていうと、ただの集まりで……みたいな感じがしますが、明確なガイドウランに基づいて運用されます。デザインされているのです。

いくつか当日、なるほどと感じたポイントを整理してみます。理解不足のため、間違っていたりするところがあったら、申し訳ありません。整理をすると、ここでいわれる「カウンセラー」の概念が、gcdfやcdaで学んで様々な呪縛にとらわれているカウンセラー志向者の意識するカウンセラーとは随分と違うことに気づかされます。

〇 「ジョブクラブ」を担当するカウンセラーの使命は、すべてのメンバーが仕事を得られること。……つまり、非常に目的志向なわけです。クライアントに寄り添っているだけでは、こんなこと実現できません。

〇 「ジョブクラブ」には特有のカウンセリングスタイルが必要であり、定められた手続きを逸脱せずに実施することが求められる。標準的な様式を用いて、高度に構造化された手順で求職活動を進める。……とかくと窮屈なイメージを感じるかもしれませんが、けしてそのようなことはありません。なお、提唱された時代とお国柄が異なるので、さすがに多少のアレンジは許容されるのかと思います。

〇 集団の建設的な社会的影響を利用して、求職者個々人の意欲や進歩をさまざまな方法で伸ばしていく。……いわばグループカウンセリングなのですが、なかなか面白いです。例えば、1人の求職者を褒めるとき、カウンセラーは他のグループのメンバーにも十分に聞き取れるように褒めます。これはいろいろな効果があります。褒められたメンバーの行動を参考にするようになるでしょうし、ほめられたメンバーは個別に褒められる以上にやる気が出ますしグループのモデルとみられるようにもなりえます。また、何よりも他者を褒めるということが自然とメンバー全体に伝播する効果は大きいでしょう。東洋大学の実現ケースでは、4年生は3年生のプレゼンにコメントを入れる際に、まず最初に言い点を具体的にあげた上で、問題点の指摘をしていました。これは大切な習慣です。けして、先生がこうしろと教えたわけではないそうです。

〇 非常に「指示的」なアプローチを用いる。……ここは言葉尻だけだと誤解しやすいところです。そもそも仕事を自分で見つけられない人がくるという前提で考えれば、寄り添っているだけではなかなか前に歩きはじめることができないことは容易に想像できます。自分で歩きはじめない人とは伴走もできません。踏み出す自信がなければ、踏み出し方がわからなければ、何か指示をせざるをえません。ただ、手取り足取り、すべてのプロセスに渡って指示をするのではなく、指示をして動いた中で自分が感じたこと、考えたことを大切にします。指示的なアプローチでスタートして、自律的にそれを進められるようになれば、しめたものです。指示的でありながら、強迫的な雰囲気はみじんもありません。肯定と、励ましをとても大切にした場づくりです。

〇 他者のタマが回ってくる。例えば、小島ゼミのケースだと、友達が「企業バリューカード」をつくって深堀していた企業に魅力を感じて、その企業を志望するなんてことが出てくるそうです。 ……横恋慕のような感じですが、これは可能性を広める一助に間違いなくなります。今の大学における就職指導は、自己分析と業界研究に傾斜しているので、どちらかというと自分の可能性をどう狭めていくかという行為を一生懸命にやっているようなものです。マッチングの思想が根底に強固にある限り、これはなかなか変わりません。

〇 手を動かすことによって自分の行動が具体化する …6名の「企業バリューカード」のプレゼンを聞きました。あえてパワポではなく、画用紙大の紙に自分で書き込みます。書き方にも個性は出ますが、何よりも何を書くかに個人差が出ます。書く対象に愛着があきらかにある人、特にない人の違いも鮮烈です。聴く人がそう感じるくらいですから、書いているプロセスの中で、書く人はもっといろいろなことを感じているはずです。調べるリソースはどうしてもインターネット情報ですが、pptのシート作成と違って、コピペはできません。丸写しをするのは大変ですが、自分で取捨選択、要約をせざるを得ません。そこに自分の解釈が入ります。そのプロセスでいろいろなことを感じます。手を動かす効能としては、レゴブロックを使ったワークと同じような効果もあるのかもしれません。

〇大学の就職活動支援との親和性が高い …良くも悪くも指示的な指導が主体とならざる得ない教育現場にはとてもフィットする点はあるでしょう。また、可能性を狭めるばかりの就職活動支援からの決別には一つの方法です。一対一の就職支援のような疲弊感はなさそうです(違う意味での大変さは多々ありそうですが)。明確に構造化させて運用するのがポイントですから、やりようによっては横展開ができるはずです。ただ、1日みた感じではカウンセラーの力量にかなり左右される場のようにも感じました。一対一の閉ざされた就職指導であれば、ある意味、その内容が良かったのか悪かったのかは誰もわかりません。悪い指導を受けても受けている学生自体が気づかないことが多いでしょう。ずれた指導で就職活動をしている学生は相当いるはずです。でも、手段の場だとたぶんボロが出ます。また、それが継続的にであればなおさらです。ひょっとすると、どこかのベンダーが組織的に展開するというのはありそうですが、構造化されているとはいえ、その根底には強い愛があります。「全員を就職させる」「就職できない人はいない」との思いがあります。これはベンダー、特に大手のベンダーが展開するには難しいところです。

〇 「ジョブクラブ マニュアル」を翻訳された津富先生がたまたま同日に東洋大学で講座を持っておられ、途中からご参加されました。先生は「静岡方式」と呼ばれる手法で、静岡でニートの就職支援をされています。ここでは、街の普通の人が支援に携わっています。高度な専門家であるカウンセラーがもっぱら対応するという図式はそこにはありません。これが「ジョブクラブ」のまた面白いところです。人好きの愛情あふれるおせっかい焼き屋がたくさんいて、ある手法が整理されれば、キャリアコンサルタントの出番などないのかもしれません。国家資格化して、多大な勉強をそれなりのコストを負担してやった人しか名乗れないような役割とはちょっと違う世界がそこにはあります。津富先生の話では、走っているからこそ伴走ができるという話は印象的でした。相談禁止なんだそうです。相談をすると動きが止まってしまうというのがその理由です。ジャッジをしても止まってしまうので、とにかく動いていることを大切にします。忙しい企業人が時に立ち止まって考える場を必要とするのとの対比が何ともいえません。

ということで、まだまだあるのですが、支離滅裂にますますなるので、このあたりで整理を終えます。終了後に呑んだ大学近くのお値打ち中華がまたよかったです。是非、今回あった学生の皆さんのその後にも何らかのかたちで立ち会いたいなぁと思います。それから、「ジョブクラブ」もう少し理解を深めたいのと、もっと多くの人に知ってもらい議論したいと切に感じました。

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※「肝心なものは目には見えない」~来週の日曜日が愉しみです。




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【2015/12/13 21:02】 | キャリア~学生・就職・採用 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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