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図書紹介:『死にゆく子どもを救え』吉岡秀人著(冨山房インターナショナル刊) ②
では、図書紹介、昨日の続きです。というか昨日はスタートラインにまでも立てませんでした。

まずは本書の概要をご紹介したいと思います。
勝手ながら著者の吉岡医師からの案内レターの一部を抜粋する形でご紹介をさせてください。

「……私は1995年よりミャンマーの地で医療活動に関わり始めました。そして、人生を本格的にこの活動にささげようと決意し、2004年より本格的に組織を創りミャンマー中部サガイン管区ワッチェで活動を始めました。そして、2005年より日々の活動の中で感じます事柄を、ブログという形で、その折々に書きとめてきました。この書籍は、そのブログを加筆・編集をしたものです。この書籍の内容は、他人の知識の借用ではなく、私の経験から生まれました考えや思いを様々な言の葉にのせ書き留めております。同世代の方々だけでなく、若い世代の皆様方や、人生の先輩諸氏の皆様にも、得意な私の経験智が、少しでもお役に立てればありがたく存じます。幸いにもブログという世界の中だけで埋もれてゆく運命にあった私の思いや経験が、様々な方々のご協力によって形になりましたこの書籍を、ひとりでも多くの皆様方に、読んでいただければ幸甚です。……」

ミャンマーは私たちの日本にとって、アジアの仲間の国の1つです。軍事政権や、日本人ジャーナリストの死、大水害の際に国際支援を拒絶したことなど、最近はあまりよいイメージが報道されていませんが、私も本書で初めてきちんと認識したのですが、日本人にとっては大変に大きな恩義がある国なのです。

吉岡医師の職場のあるミャンマー中部のサガインは、60年前の第2次世界大戦時に、多くの日本人が住んだ町です。そして、この地でイギリスと戦い多くの日本人が亡くなりました。また、多くの傷ついた日本人たちが、この地のビルマ人に助けられました。この地には実に20万人もの日本人が眠っているそうです。サガインには多くの日本人の手による慰霊碑があるものの、既に訪れる人は減り、碑に刻まれた日本人戦没者の名前も薄れて今や読むことはできません。私たち以下の世代で、この史実を理解している日本人がどれだけいるでしょうか。

第2次世界大戦後には、日本はアジア中の国々から戦後賠償を求められました。このときに助け舟を出してくれたのが、このミャンマー(当時はビルマ)だったそうです。日本には今、このくらいの支払い能力しかない、だからアジアの国々もこれくらいで妥協をしようじゃないか、ビルマはそんな投げかけを他の国にしつつ、一番先に賠償金額の合意をしてくれたそうです。その後、他の国々もビルマの額を基本線にして、次々と金額を決めて戦後賠償の合意が進んだそうです。さらには、戦後焼け野原と化した食糧難の日本に対して、ビルマは大量の米の供給もしてくれたそうです。

こうやって史実を振り返ると、歴史を知らないということは実に恥ずかしいことだと感じさせられます。正しい知識なくしては、正しい感謝は生まれませんから。

死にゆく子どもを救え―途上国医療現場の日記死にゆく子どもを救え―途上国医療現場の日記
(2009/07)
吉岡 秀人

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《2009年8月9日》 ほぼ終日あれこれとやっていなかったことをやりましたが、まだまだあります。整理したい資料もたくさんあるし、データ入力できていない名刺も400枚くらいたまってしまいました。でも、もうまた月曜日ですね。


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