鳴くコオロギ、あまり鳴かないコオロギ
鳴くコオロギ、あまり鳴かないコオロギ、という話を読みました。

オスのコオロギが鳴く理由は、メスを呼び寄せるためです。ですから、コオロギは良く鳴くほどメスとの出会いの機会が増え、子孫存続の可能性が高まります。逆にいえば種の断絶のリスクが低くなります。

しかし、あまり鳴かないコオロギというのがいるそうです。実はコオロギには天敵がいます。その1つは空中から狙っている鳥類、そしてもう1つはコオロギに卵を産みつける寄生バエだそうです。オスのコオロギは鳴くことによって、これらの天敵に居場所を知らせるリスクを高めることになります。従って、あまり鳴かないコオロギという発想が出てきます。あまり鳴かないコオロギはメスとの出会いの可能性は低めますが、天敵に見つからないことにより生存可能性は高まります。生存可能性を高めることにより、種の断絶のリスクを下げているとも考えられます。あまり鳴かないというのは立派な戦略です。

何となく人情的には天敵を呼び寄せるリスクを感じつつも、鳴くことによって種の存続を図ろうとする鳴くコオロギの健気さに拍手をしたくなります。ただし、進化論的には良い・悪いはありません。しかし、いずれこのどちらかが淘汰されるのだそうです。コオロギに関しては、進化はまだ結論を出していません。

これをビジネス社会に置き換えてみると、「チャレンジする人間」「依存する人間」との間での比較ができるでしょう。いろいな困難にぶつかるリスクをかけてでもチャレンジする人間、リスクをさけて組織にぶらさがり依存する人間、誰がどう考えても「チャレンジする人間」が優勢に感じますね。しかし、「依存する人間」がビジネス社会にはまだまだ多数いるという事実は、進化論的にはこの両者の優劣に結論が出ていないということになります。

「チャレンジする人間」は組織内で出世する可能性は高いでしょう。しかし、チャレンジが故に失脚する可能性もあります。また、徹底的に働くことにより、ワークライフバランスが崩れたり、体調を崩したりするというリスクも「依存する人間」よりも高いでしょう。ですから、一概に「チャレンジする人間」がすべてよいとはいえない現実があります。
また、昨今の世相では「チャレンジする人間」よりも「依存する人間」が増えているようにも感じます。人間界から進化によって「チャレンジする人間」が淘汰され、「依存する人間」だけになるなんてこともあるのかもしれません。それを「進化」ではなく「退化」と呼びたいメンタリティこそ、この「進化」の問題の難しさを語っています。

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