社会人教育の歴史変遷①1950年代まで
学びYA第3回から。

昨日は楽しかった日記みたいな紹介だけでしたが、今日は「社会人学習の過去・現在・未来」と題した城取さんの講義を簡単に整理します。このブログは私の備忘録の役割が大きく、何かあったときに「そういえばその話聞いたよな」「なんか使えるネタないかな」と思い、ブログ内の語句サーチで情報に簡単にアクセスができるように、気になったことや役立ったことについては、簡単に書き留めておくようにしています。これって、ものすごく便利です。記憶力の低下をみごとに補ってくれています。ただ、常にパソコンが手元に必要になりますが。

さて、本題です。日本の社会人教育というのはまさに「国策」としてはじまったといえます。昨年やっていた「官僚たちの夏」の世界ですね。官僚が本当に光っていた時代です。今とはまったく違います。

最初にその担い手となったのは、いくつかの非営利団体です。今でも競合関係にある「産業能率大学」と「日本能率協会」はともに昭和17年に設立され、その役割を担っています。テイラーの科学的管理法を「能率」という言葉でとらえ、両団体ともにこの2文字が組織名称にも含まれていますね。産能大創始者の上野陽一さんの「ムリ・ムダ・ムラ」の世界もそうです。
そして、戦後にはまさに国策として2つの非営利団体が生まれます。一つは「日本産業訓練協会」、そしともう一つは「日本生産性本部」。いずれも昭和30年に創設されています。「日本産業訓練協会」が官僚主体で設立された団体であることに対して、「日本生産性本部」は官僚・財界・労働界の一体型で設立されています。「日本生産性本部」はその後、社会経済国民会議と合併して社会経済生産性本部となったものの、また「日本生産性本部」に戻り、渋谷で健在です。

これらの団体が、戦後の日本経済復興支援策の1つとして企業人教育の一翼をになったわけです。

そこで教えられたコンテンツはアメリカからの輸入に頼っています。それは、今でも大きくは変わらないじゃないのと揶揄する声もありそうですが…。

経営史の教科書にもありそうですが、MTPとTWIという2つの代表的な講座がありました。MTP(Management Training Program)は通産省主導で1950年からとりあげられたもので、米軍立川基地の監督者訓練コースに産業界の優秀な人材13人を送りこむことから始まります。TWI(Training With in Industry)は労働省主導で1948年から始まり、アメリカの戦時動員局が開発した職務指導教育プログラムを翻訳導入したものだそうです。これら2つのコースはいずれも日本産業訓練協会が認定育成機関となり、1950年代に製造業を中心とした大企業では爆発的に普及したそうです。

何となく、高度経済成長期の息吹が感じられるお話ですね。成功モデルを移植するのですから、当然的に手法は「導管モデル」になります。

《私の好きなSF小説 その37》 よくこれだけのショートショートが書けるものだと思いながらも、中学生の頃には読みふけりました。

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《2010年3月21日》 昼間は暖かかったのが、夕方からは厳しい冷え込み。着る服のチョイスを間違えると風邪をひきかねない時期です。


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