1995年
昨日ご紹介した一橋大学加藤ゼミは、1980年から2010年の30年にわたって存在し続けました。加藤先生の最終講義のタイトルは「世界の中の日本の現在」。この30年間を振り返りつつ、現在の日本の希望を探索します。そんな最終講義から印象に残ったお話をご紹介します。1995年のお話です。

この30年間の日本における分岐点はどこでしょうか。それはまさに1995年だったといえるでしょう。

1月には阪神大震災がありました。そして3月にはオウムサリン事件がありました。バブル経済は1991年頃には崩壊していましたが、まだその余韻が残り、なんとかまたどうにかなるだろう的な雰囲気もあったところが、本当にバブル気分が払拭されたのも1995年頃だといえるでしょう。
阪神大震災を契機として「ボランティア」という活動の仕方が一般的になった年でもあります。そして、インターネットの商用化が始まり、電子メールが使われ始めた年でもあります。日経連は「新時代の日本的経営」を示し、非正規雇用の拡大を提言しました。

さびしい表現をすれば、日本が上り坂から下り坂に転換した年が1995年だったといえます。そして、その後の日本は15年を経ても世界の変化に対応することができていません。

加藤先生が教えるメキシコの大学では、10年前はまだ日本的経営に興味を覚えて集まる学生がかなりいたそうです。学生の構成も男女半々。それが現在では集まるのはほとんどが女子学生であり、興味の対象は経済ではなく、アニメ・アキバという日本の文化です。ソフト・パワーは確かに21世紀のキーワードたりうるとは思いますが、それに関する戦略は見えてきません。というか、経済大国を謳歌してきた旧来的な日本人は日本のソフトパワーを過小評価、もしはく無視しているというようにも感じられます。

日本が中国に抜かれたという報道がさまざまな観点からされています。しかし、かの国は10倍の人口を抱える人口大国です。冷静に考えるとようやく10分の1に達したという見方もできます。その観点では脅威なのは韓国かもしれません。いずれにしても、センセーショナルな報道に惑わされずに事実をしっかりと押さえて自分の頭で判断していくことです。

上り坂の世界は1つのビジョン、1つの価値観で束ねていきやすいものです。下り坂の世界は多様化した混沌とした世界になりがちです。一人ひとりの生きざまも難しくなってきます。それは多様化した社会には選択の機会がたくさんあることと裏腹だからだともいえます。

《私の好きなSF小説 その41》 今週はここまで日本SFを続けています。卒論タイトルからの関係ですかね。七瀬3部作です。


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《2010年3月25日》 午後だけ大阪。とても実りのある出張でした。


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