リーダーの役割~ナポレオンの栄光と挫折
藤本ひとみさんが2007年に書かれたリーダーに関する文章の中で、ご自身の研究ターゲットでもあるナポレオンを引き合いに出して、リーダーの陥りがちな罠についてご説明をされていました。とてもわかりやすいです。

・やり手といわれる人は、自分が能力を持っており、それを基準にすべてを考えるので、他人が未熟にみえ、物足りなく、危なっかしく、黙ってみていることができない。

・そればかりか、あれこれと指示を出し、自分の命令をよく聞く人間を作ってしまいがちだ。命令をよく聞く部下は良い部下のように思えるかもしれないが、そればかりではない。

・命令を受けてばかりいると、自分で考えることをしなくなる。いくら考えても採用されずに命令通りに動かされるのであれば、考えない方が合理的だからだ。

・さらには命令されないと動かなくなる。自己判断を放棄しているので、どう動いていいのかがわからない。自らの判断で動かなければならない局面になっても、訓練されていないのでうまく動くことができなくなる。

・そんな時に、うまくできないことを怒られでもしたら、ますます自分で判断はしなくなる。

・こうなるとリーダーは四方八方に命令を出し続けなければならなくなる。

・これには必ず限界がくる。必死に考えても自分の考え以上のものは出てこないし、自分が持っている時間以上のことはできない。自主的に考えて動くことができる部下を持ったリーダーと比較すると、その仕事には雲泥の差が出てくるのは当然だ。

ワーテルローの戦いにおけるナポレオンの敗因は、こういった誤ったリーダーシップの発揮の帰結だったということです。
これの逆のスパイラルはこんな感じでしょうか。

・細かな指示をしなければならない局面もあるが、時には部下に任せ、責任も持たせる。

・任されることによって、人間は仕事に積極的になる。命令を受けるだけでは考えなかったようなことを自分で考えられるようになる。

・もちろん任せっぱなしにするのではなく、歩き始めた子どもを見守る親のような細やかな気配りをしなければならない。

・そのくらいなら自分でやった方が早いし、正確だったりする。しかし、それでは人材は育たず、いつまでも自分の負担が軽減されない。

・よくよく考えてみれば、リーダー自身も最初から今のように仕事ができたわけではないはずだ。いろいろな機会をつかんだり、与えてもらうことによって、成長してきたはずだ。その連鎖を自分の代で断ち切っていいものだろうか。今度は、育てる側にまわってもばちはあたらないだろう。

・人を育てることに成功すれば、有能なチームが出来上がる。自分自身の負担も少なくなり、生まれた余裕を新たな仕事を発展させることに振り向けることもできる。

さて、皆さんはいかがでしょうか。

《私の好きなSF小説 その76》 この作品は好きなのですが、このハヤカワの表紙は好きになれません。「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」もこれになっちゃってさびしいです。


流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)
(1989/02)
フィリップ・K・ディック

商品詳細を見る


《2010年4月29日》 久しぶりにせいせいとマクドナルドを食べました。いくつになっても大好きですし、常にその戦略には関心させられます。新型店舗、まだ行けていません。昔ならこの手のは初日にいったので、年をとったということかもしれません。 


ビジネスブログ100選
blogram投票ボタン  
↑ブログランキングというのに参加してます。よろしければクリックして一票投票を
関連記事
スポンサーサイト
【2010/04/29 18:19】 | マネジメント・リーダーシップ | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
<<ちょっと整理です…4月後半編 | ホーム | うつ病~復職判定の難しさ>>
コメント
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://jqut.blog98.fc2.com/tb.php/847-b56c69b1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |