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成果主義を考える
すっごいでかいテーマです。もちろん網羅的に論じるつもりはありません。

先日たまたま評価制度を中心のコンサルタントとして独立して活躍されている方と1時間ほどフリーディスカションをさせていただく機会があり、その際にあれこれ話しながら感じたことです。

成果主義をスケープゴードにすることによって、今の人事界は成り立っているような気がして、とても嫌な気持ちになります。成果主義の弊害を説けば、それっぽく聞こえて評価されるというのがもう数年続いています。これはこれで危険なことです。成果主義全盛の時と絶対主義の王様が入れ替わっただけのような気もします。

そもそも、成果主義って自然に考えればとってもいいことです。自分が出した成果で評価され、報われるのですから。もちろん病気した時のセーフティネットであるとか、安心できる生活が維持できるような範囲内での報酬変動枠設定といったヘッジは必要ですが。

なんで成果主義がこんなにいじめられているかというと、まぁキャッチーだからということなのでしょう。

問題は成果主義が導入された背景にあります。右肩上がりの経済が終焉し、限られた市場で限られたパイを奪い合う競争構造に変化しました。特に日本国内市場を対象にしていた企業には、人口減という現実がこの事実を明確に付きつけました。そうなると、新たな価値が創造できない大半の日本企業は、労務費も一定のパイの中で運用せざるをえません。つまり、従来は全員の給与をあげた上で頑張った人にはさらに上げるという芸当ができたのに、頑張った人に報いるためには、そうでない人の給与を下げざるを得ない状況に陥ったのです。そのツールが成果主義でした。本来、激しい成果主義というのは、営業のコミッションではないですが絶対評価が前提のはずですが、日本企業がこぞって取り入れたのは、賃金総原資をコントロールするための相対分布による相対評価です。成果主義の弊害と呼ばれている多くのことが、相対分布による相対評価の弊害のようにも思えます。

また、グローバル企業はさらに厳しい状況に置かれました。すなわち、そもそも日本人の労務費が国際競争的には高すぎるということです。こちらはこちらの事情でパイの奪い合いの仕組みを入れざるをえませんでした。賃金総原資を下げたいという経営の色気の中で成果主義が論じられざるを得なかったわけです。

限られたパイを奪い合う構造の中で、成果主義だけがいじめられてはどうなのでしょうか。問題の本質を見失うような気がします。

実は、日本企業の元気を奪ったのは、限られたパイの奪い合いの中で一緒に派生したさまざまな現象だったのではないかと思います。その最たるものは、官僚主義の跋扈。限られた資源をコントロールしようとする場合、官僚主義は魅力的なツールです。戦略色のない予算配分と経費カット指令、縦割り意識の強化、管理部門の強化、前例踏襲の重視、膨大な事前説明資料……、そんな状況に陥った日本企業がどれだけあったことか。ここにさらに、内部統制による締め付け、コンプライアンス重視による冒険心のはく奪、いずれも大切なことではありますが、まっとうなリーダーシップのないところで、事なかれ的にこれらをやると元気がなくなるのは当然です。さらには持株分社が間違った運用をされ、事業会社からみれば管理階層が逆に増えたような持株会社の関与が強化された企業グループも少なくないのではないかと思います。

ということなので、成果主義人事制度だけを変えても、企業は変わらないのです。これからの人事部は、人事制度をいじっても企業なんか変わらない(もちろん人事制度も貴重なツールの1つではありますが)ことを肝に銘じて自分たちの業務分野と視野を拡大させなければなりません。現場に入り込み、経営に入り込み、あらゆるできることをしていきます。そして、そのペースにあるのは対話です。

《2010年8月13日》 今日は夏休みでこれから出かける(神田→浅草→板橋?)ので早目にアップです。


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