書く力 ②
昨日に続いて「書く力」についてです。

「読む力」「書く力」「考える力」の3つの力の中で、近年の日本人が最も弱くなってしまっているのが「書く力」のような気がして仕方がありません。

例えば、内定者からくるメール文のなかなか凄いこと。いかに彼ら彼女らが「書く力」を鍛錬してこなかったのかがわかります。本人はけしていい加減に書いているのではなく、会社宛にそれなりには一生懸命に書いているのですが、何せ鍛錬されていないものはどうにもなりません。かようにして、内定者フォローの仕事は内定者のメールの添削から始まるのです。

「書く力」というのは、「読む力」「考える力」以上に、経験と習慣と努力でかなり向上すると思うのですが、どうでしょうか。その意味では本当に鍛錬をする機会が減ってしまっているのでしょうね。「書く」ことを億劫がる人が増えているようにも感じます。いろいろなツールは出ています。例えば、ツイッターは上手に使えば、「書く力」を高める要素の多くを持ち合わせているツールですが、単なるつぶやきになると「書く力」は鍛錬されません。ブログも同様ですね。

「書く力」は相手に伝えようとする思いの強さと、相手に対する配慮の力でもあります。「書く力」の弱体化の背景には、「相手に伝えようとする思い」と、「相手に対する配慮」の弱体化が実はあるのではないかと思います。これらがないと、良い文章は絶対に書けません。

「書く」ことによって、自分自身が事象をいかに正確にとらえられていなかったのか、いかに曖昧にととらえていたのかも明確になります。これが「書く」効果であり、「書く力」が高まると自然に「考える力」も高まるのです。「書く」というのは、頭の中の曖昧なものを明確にしながら「考える」プロセスでもあるわけです。面談などで混乱している人に、自分の今を書いてみることを勧めることがあります。アウトプットするということは、もやもやっとしたことに白黒付けることです。つまり、深く「考える」ことです。逆にこれが怖いという場合もありますね。

「書く」ためには何よりも「自分」がなくてはなりません。聞いたこと、読んだことをもとに、考えるのは自分です。ただ「考える」だけでは、ふわっとした領域を出ません。「聞く」「読む」「感じる」というインプットから、自分のフィルターを通して形にして(=考えて)アウトプットするというプロセスがあって始めて「書く力」が評価されます。

コピペ文化が最も「書く力」を阻害しているのは間違いありません。「書く力」を阻害するということは、「考える」力も同時に阻害していることになります。たまたま先日、学生2人のレポートを添削する機会がありましたが、参考文献がすべてHPからの引用であり、リアルな書籍はありませんでした。明らかにコピペをつないだと思われる文体の断層もあり、「書く力」が堕落していく現状を改めて痛感しました。コピペ文化・検索文化は、同時に「読む力」も弱体化させますね。いいことは1つもありません。

また、「書く」ことがシビアなのは、「話す」のと違って往復がないことです。「話す」場合は相手が理解しなければ補足したり、誤解されたら反論したりすることができます。しかし、「書く」ということは「その場勝負」です。書いた内容だけで初期の目的を達成しなければなりませんし、後に残ってしまうという怖さもあります。極めて厳しい仕事なのです。

「書く」ことは、情報を伝えるだけが目的ではありません。書くものによっては、それによって相手を説得したかったり、相手に共感を覚えて欲しかったり、相手の怒りをやわらげたかったり、様々な真の目的があります。これらを意識することが「書く力」向上の第一歩です。
繰り返しになりますが、「書く力」というのは、相手について「考える力」そのものでもあるのです。

《2010年9月22日》 神田にて古巣の状況をいろいろ伺いました。1人1人の頑張りが、結果に結び付くことを願っています。思いを持ち、優秀な奴がそろっているいい組織ですから。



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